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Dante Gabriel Rossetti 2

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ2 1828-1882 その1へ

 


Venus Verticordia ヴィーナス・ヴェルティコーディア
1864-68 ラッセル・コーツ美術館(イギリス/ボーンマス)

 

ヴィーナスを描く時も、何がなんでも正面の胸像。


わずかに乳房を見せている所がロセッティには珍しく、
ヴィクトリア朝時代でも珍しかったらしいが、徐々にヌード像は描かれていったらしい。

その遠慮がちな乳房がかえってなまめかしく、女神のシンボリズムとして表されているよう。

 

矢とリンゴも象徴だろう。リンゴはイブの誘惑、矢は男の心を射止めようとするシンボルなのだろう。



女神の頭上には黄金の光背が、そして可愛らしく蝶々がそこに飛んでいる。矢とリンゴにも蝶々が止まっている。

蝶々は神話では魂のメタファーであり、矢で男性の魂を射止めるという、これも象徴なのだろう。



背景に華麗な薔薇を散らし、ヴィーナスの前にも花が咲き誇り、装飾豊かな豊饒な画面。

ロセッティがティツィアーノ風の女性半身像を手がけるようになったころの作品のようだ。




Venus Verticordia Water Color
ヴィーナス・ヴェルティコーディア水彩 
1868 個人蔵

水彩で描かれたヴィーナス

よりいっそうイノセントな魅力がいっぱいのヴィーナス・ヴェルティコーディア。

彼女を飾るために、精一杯の花で背景を埋め尽くす。

そして頭飾りのような蝶々のついた光背。
矢にもリンゴにも蝶々がついて、あなたの魂をいただくわ…、
という無邪気な誘惑。

ヴェルティコーディアとは人の心を変えるという意味だそうだ。


ロセッティにはひとつの画題のヴァリエーションも数々あった。

もちろん下絵も含めると数多くのヴァリアントを試していた。

ほとんどが女性像ばかりである。

それでも彼の絵の中の女は文句なくうつくしい。

 


初期の物語絵より…




The Wedding of St George and Princess Sabra
聖ゲオルギウスとサプラ姫の結婚
 水彩 1857年
テイト・ギャラリー

初期の水彩画
ロセッティは初期には水彩を多く描いていた。


聖ゲオルギウスはドラゴンとの戦いで有名で、
ヨーロッパでは龍と戦う場面が古くから描かれて来た。

イングランドの守護聖人でもあり、聖ジョージとして英国人にも
おなじみの聖人。

退治した龍がそばにいて、それにより聖ジョージを表現しているが、
たいていの絵がドラゴン退治のゲオルギウスを描いているのに対し、サプラ姫を登場させるのが異色。

初期にはこのような物語絵を多く手掛けている。

やはり水彩で描いている。




St George and Princess Sabra 聖ゲオルギウスとサプラ姫1862
水彩 テイト・ブリテン


同じく聖ジョージ(英語名)を描く。

二人の衣服は英国の中世風で、
完全に英国の中世の物語としてとらえられているようだ。

聖ジョージのロマンスをクローズアップし、描きたかったようだ。



Paolo and Francesca da Limini
パオロとフランチェスカ・ダ・リミニ
1867 水彩
ビクトリア国立美術館 メルボルン


横長の画面でダンテが登場する絵に2度ばかり登場する
シーンを単独で、やはり水彩で描いている。

描写はより精密になり、悲運の恋人たちの逢瀬をロマンチックに
表現している。

詩人らしく、悲運に終わる恋を賛美していたのだろうか。

または最初の妻、シダルとの死に別れが
恋の悲劇への興味につながったのかもしれない。

 


Salutation of Beatrice ベアトリーチェの挨拶 1859-63 カナダ国立美術館

 

父がつけたイタリアの詩人にちなんだ名前、ダンテに自分と同じ名前の詩人としてロセッティが関心を寄せたのは
必然的なことだったに違いない。

初期にはいくつものダンテの詩による水彩のシリーズがあり、また円熟期に描いたものもある。

後年の女性の半身像ではなく、ダンテとベアトリーチェの物語絵を描きたかったのだろう。

またベアトリーチェを愛したダンテの姿はそのまま、女性たちを愛したロセッティに重なったことだろう。

 


Dante's Dream on The Day of the Death of Beatrice  油彩
ダンテの夢シリーズより ベアトリーチェの死の日1880 Dundee Art Galleries and Museums Collection

同じ題材の絵で、1856年に水彩で描かれた「ベアトリーチェの死の時に」と、
1871年に描かれた油彩作品で同じタイトルの「ベアトリーチェの死の時に」がある。(下)

 

いずれも同じ登場人物の数で、同じポーズの、ほぼ同じ絵だが(水彩だけ、少しキャラクターの違いがある)、
だんだん洗練されてゆき、最後のこの1880年のものがもっとも出来が良い。

 

ベアトリーチェの死の時に、花を手にした迎えの天使がキスをしている場面だろう。

呆然と見守るダンテと、おつきの若い二人の女性がベアトリーチェの死体の上に天幕を張り、
その上に天国で迎えられるかのように花が散らされている。

水彩作品ではまだ未熟な部分もあったが、年を経て油彩で試み、円熟した作品へと結実したと思う。



Dante's Dream at the Time of The Death of Beatrice 1856 水彩 テート・ブリテン


Dante's Dream at the Time of The Death of Beatrice 1871 ウォーカー・アートギャラリー






The Loving Cup 愛の杯 1867 国立西洋美術館

これも水彩のヴァリアントなどがあり、複数存在している。

日本が所有しているロセッティの作品。


杯は聖杯をイメージしているような気もするけれど、
背景は家庭の居間のようで、
金の精細に彫りを刻んだ皿が並んでいる。

それが彼女を装飾しているようで、その美しい髪飾りや、
赤い衣服が(衣装は時代的なのでコスプレなのだろう)
女性の半身像を引き立てていて、
ロセッティの女性像が出来上がっている。

無表情だが、それが美しさをより引き立てるという女性像。



Mrs Jane Morris (The Blue Silk Dress)
青い絹のドレスのジェーン・モリス夫人
1868
Society of Antiquaries of London


ジェーン・モリスはウィリアム・モリス夫人。

モリスはロセッティの盟友だったが、ロセッティはその妻
ジェーンを愛した。

ロセッティはさまざまな女性を愛したが、晩年のミューズが
ジェーンだったのだろう。

濃い細かくカールされた髪と、分厚い唇ですぐ彼女と分かる。

背も高かったらしく、魅力的な女性だったらしい。

背景のカーテンが丁寧に等間隔でくくりつけられている
凝ったディテールなどに、モデルを装飾しようという愛着が感じられる。



La Pia de Tolomei ラ・ピア・デ・トロメイ1868-70
ヘレン・フォースマン・スペンサー美術館


ロセッティは様々なポーズ、さまざまな背景で数えきれない女性の半身像を描いた。

どれだけ描いても飽きぬほど描いたのだろう。

この絵の背景は家屋の庭で、背景には大きな葉を持つ木が茂る。


彼女が腰を掛ける手前の石椅子の上にはクラシックな日時計が置かれてあり、彼女の読みさしの本が開かれたまま、
十字架のクロスがその上に置かれている。
おそらく聖書か讃美歌なのだろう。

しかし、本の下には手紙らしきものが数通開かれたままになっていて、
彼女の意識はその恋文の内容に向いているのかもしれない。

Mariana マリアナ 1870 アバディーン・アートギャラリー

1868年のチョークで描いた習作もある。

それは両手で葉を持ち、背景には花を生けた花瓶がある。

ここでは後ろに主人公を引き立てるかのように、
楽器を弾く女性が描かれている。

ブルーのドレスはモリス夫人の肖像とよく似ており、
これもジェーンを描いたものだろう。
 



The Bower Meadow あずまやのある牧草地1872
マンチェスター市立美術館


女性が全部で4人(厳密には5人)描かれている。

後期には一人の女性のクローズアップが多かった
ロセッティには珍しい図。

前の二人はそれぞれに楽器を持ち、奏でている。
そしてその後ろで二人の女性が音楽に合わせて踊っている。


音楽も、ロセッティには重要なモチーフだった。

女性を音楽という具体的には表現しがたい芸術の象徴として
用いたのではないだろうか…


女性たちのそれぞれの髪の色や髪形、そして衣装の色などが、
画面から絶妙のハーモニーを奏でているよう。

背景に風景が描かれるのは珍しいという。
 



Veronica Veronese ヴェロニカ・ヴェロネーゼ1872 
デラウェア美術館


かすかに聞こえて来る音楽を採譜しようとする女性ヴェロニカを
描いたとされる。

後期のロセッティはいろいろな楽器を持った女性の肖像を描いたが、
ここではバイオリンを持ち(弦を手でつまんでいるようだ)
物憂げにその音を聞いているかのようだ。

主題はなく、音楽というもうひとつの芸術に対するオマージュなのかもしれない。


そして赤毛の美しさと背景のカーテンの対比、
女性の衣服の丁寧すぎるほどの描写が女性の半身像を
より美しく際立たせている。
 



La Ghirlandata ラ・ギルランダータ 1871-74
Guildhall Art Galleryロンドン


華麗な女性半身像が増えてゆく。

ハープを弾く真正面からの美しい女性像。

右手の上、まるで髪を飾るように薔薇の花が
楽器の上に花輪として飾られ、
女性の上方では二人の天使らしき美しい少女がふたり。

女性しか描かなかったと言われるロセッティ。

天使さえも女性として描いた。

そしてハープの繊細な描写、緑色の女性の衣服の表現、
女性の両手の描写、赤毛の美しさ、
そして女性の前には青色の野の花。

繊細をきわめた描写だ。

女性を華麗に描く円熟期のロセッティの絵だと思う。


 


La Ghirlandata (Chalks)
ラ・ギルランダータ(チョーク)
1873

上の作品のチョークの習作だろう。

描写は本作より素朴で、ハープの上に飾られる花輪が
シンプルになっている。

そのほか若干の違いがあるけれど、長くたらしたままの
髪の毛が印象的。

襟元がふわふわと風に吹かれているか、浮いているような
描写は、はじめからそのつもりだったようだ。
 


The Damsel of the Sanct Greal(Holy Grail) 聖杯の乙女1874 
個人蔵(アンドリュー・ロイド・ウェバー)


アーサー王伝説の聖杯をモチーフにした作品。

乙女が聖杯を持ち、頭上には大きな鳥が口にシンボルを咥えて
彼女を見守っている。

聖杯は、騎士たちが追い求めたキリストの血を受けた杯
とされているが、この絵では乙女が既にそれを手にし、
うやうやしく捧げ持ち、祝福している。

まるで女性が聖杯を騎士たちに与える権利を持つと
言わんばかりの、ロセッティならではの女性賛美の
肖像なのではないかと思ってしまう。
 


Roman Widow ローマの寡婦 1874 
ポンセ美術館 プエルトリコ


美しい女性像がつづく。

女性をいかに美しく描くか。
それだけが画家の関心だったかのようだ。


小さなハープを両手に持ち、首をかしげて椅子に座る美女。

右上に彫刻のレリーフが描かれていることから、
謂れがあるようだが、調べることが出来なかった。

これも、音楽がテーマなのかもしれない。


ただ、女性を包む金色とも見える衣服の描写や、
レリーフの下を飾る薔薇の華麗な花輪など、
美しい女性を出来る限り華麗な装飾で覆いたかった画家の
心持ちがにじみ出ているようだ。
 



La Bella Mano ラ・ベラ・マノ1875 デラウェア美術館
The Beautiful Hand

同題の自作のソネットを絵画化したものらしい。


右側にふたりの天使らしき少女、
彼女たちは赤い羽根を背に持ち、天使は性がないはずなのに、
ロセッティの絵では必ず少女だった。


左側の主人公の女性が手を洗い、それを天使が補助している
のだろう。

女性はヴィーナスのようでもあるらしく、愛を象徴しているようだ。

「愛」に関するモチーフが絵にちりばめられているという。

象徴的な作品なのだろうけれども、それ以上は調べがつかなかった。


ロセッティはラファエル前派らしく物語絵や、象徴を含んだ絵を
多く描いているが、それでも一番の目的は、女性を美しく描く
という一点だったと思う。

意味は分からなくても、室内の詳細な描写や、丁寧な衣服の
描写に惹かれ、思わず見入ってしまう。


The Blessed Damozel 祝福されし乙女1875-76
レディ・リーヴァー美術館


自作の詩を絵画にしたものという。


下のような額縁つきの絵として描かれたものを独立させたもののようだ。

3段階に別れた画面に、上部に天国に召された乙女を、
中部には天国の天使たちを、そして下部の地上には恋人を
偲ぶ男性が身を横たえている。


女性のまわりには抱き合う恋人たちのイメージがいっぱいに
溢れ、悲しみを誘う。
彼女の地上での幸福の記憶を表しているのだろうか。



ロセッティには珍しい画面構成だが、詩人でもあったロセッティをしのばせる。
 


The Blessed Damozel 祝福されし乙女
1875-78年 レディ・リーヴァー美術館


上の図を再構成したもの。

少し登場人物などが変更されている。

女性の後ろには一人の天使が、そして中部の天使は二人に。

下部の若い男性が狭い画面に囚われたように
自由のきかない状態でいるように思われるのが、
引き裂かれた恋人たちを象徴しているようだ。
 



Astarte Syriaca シリアの女神アスタルテ 1877
マンチェスター市立美術館


晩年の大作(182.9×106.7)


モデルはジェーン・モリス、モリス夫人。

分厚い唇からして、それと分かる。

濃く、きつくカールした髪と意志の強そうな女性像が、
女神に相応しい。

異国風の衣装に身を包ませて、古代シリアの愛の女神を描いた。

背景には装飾的に二人の女性の天使?を配し、
神性を強調する。

天使が美しい女性像なのが、やはりロセッティらしい。

 


A Sea Spell 海の呪縛 1877 フォッグ美術館


琴のような、ハープのような楽器を持つ女性は、
ロセッティの愛人であったファニーの肖像にも登場する。

この美しい女性は、竪琴を縦に置いて、物憂げに奏でている。

タイトルからすると、海の精かと思ったが、
頭を華麗に飾る花の環や、彼女の後ろに描かれる鳥、
そして果実などのシンボルは、あまり海とは関連がなさそうだ。

ただ彼女のまわりには花が散らされ、髪を飾り、
薄物を着た、彼女の美しい白い肌を引き立てている。


 



A Vision of Fiammetta フィアメッタの幻 1878 
個人蔵(アンドリュー・ロイド・ウェバー)


ジェーン・モリス夫人がモデルのように思われるけれど、
珍しく赤い衣装に身を包んでいる。

女性の後ろにある大木が枝に花を咲かせ、
それが彼女のまわり全体に乱れ咲く花を散らし、
彼女の両手にも持たせ、画面全体を華麗に装飾する。

女性の顔の後ろにはまるで光背のような光が輝いていて、
赤い鳥が彼女を祝福している。


神秘の女神が夢の中に現れたかのような華麗な女性絵巻。

絵筆は女性の美を追求することをやまない。
 

The Day Dream白日夢 1880 
ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館


晩年の作品。

やはりモデルはジェーンだ。

彼女がブルーの服を好んだのだろうか。

「プロセルピナ」でも青い衣装で登場していた。

森の木陰の中で休む物憂げな彼女を、木々を装飾として
その周りを取り囲むようにして、デイドリームの世界を表現した。

画家の晩年は荒んだというが、女性への愛情は変わらなかったのだと思う。


生涯女性を描き続けたロセッティ。

その生活と共に画家のキャンパスを彩った女性たちは
画布の中に生き続けている…。
 

   

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参照 小学館ウィークリーブック 週刊美術館 ロセッティ/ミレイ 2000年

週刊グレートアーティスト92 ロセッティ 同朋社出版 1991年

美術手帖1974年 特集ラファエル前派 美術出版社

新潮社とんぼの本 世紀末美術の楽しみ方 河村錠一郎 1998年

 

 

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