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北斎のコーナーへ

生誕240年
北斎展

平成13年5月17日〜29日
大丸ミュージアムKYOTO

01/6/9記

*

なかなか行く時間が取れず、最終日の、しかも3時頃に駆け込んだが、その平日でも人が一杯だった北斎展。

おかげで目録は既に完売、何が展示されていたか忘れても、目録さえあればまた思い出すだろう…、という私の甘い目論見は崩れ去ってしまい、こうして書こうと思っても心もとないことこの上ない。

展覧会は、早めに行っておくものなのだなあということが分かった。
なので、不確かな記憶をたどった記述になることをあらかじめ断っておく。

 

 

しかし、まず何と言っても思われるのは、北斎というのは天才だと。
まずそれである。

 

順番に肉筆、版画、デッサン(北斎漫画など)という風に展示されていたと思う。

北斎は職業画家であるから、人々の求めに応じ、厄除けのイラストや小説の挿絵なども書いていた。
北斎も人の子であるから、凡作、どうということのない作品もある。
昔ながらの型にはめたような人物像もある。
そういうのは、やはり「北斎」というより、浮世絵という見方で見た方がいいかという気がする。

ただ、どのような作を見ても、一目で分かるのがデッサンの確かさだった。

*

「北斎漫画」に限らず、彼は膨大な人物や、動物・事物の習作…デッサンを残している。
その見事なことは舌を巻くばかりなのだった。

人物の動きのある一瞬、笑いや、怒りの表情、動物では虎や猿、馬、鳥、…
職業画家とは言え、ひとつくらい描くのが苦手なものがあるのではないかと素人は思う。
私なら、人物でも右向きは描けるが、左向きは描きにくい…とか、そんな得意不得意がある。
しかし、北斎にはそんな苦手はまるでないかのようだ。
北斎は、ありとあらゆる事物を描き尽くす。
時にはインビジブルな(笑)骸骨まで。

職業画家とは、描くのに苦手があってはならないのだ。

北斎の描く、鬼のようなバラエティに飛んだ事物の多彩さには、そんなプロの画家の、プロの職人技を感じる。

*

またあまりにも膨大な作品の数にも驚く。

描くのが好きだったのだろう。
好きでなかったら、生涯これだけの仕事は出来ないだろう。
でもそれだけでは到底理解不能な職人の熟練ぶりがある。

彼にとっては、描くということは、日常のごくありふれたことだったのかもしれない。
好き嫌い、調不調などお構いなしに、ただ描く。
それが仕事だから、描く。
依頼があるから、描く。
そんな日常があったような気がする。

*

ただ、強烈な自負はあったと思う。
自負というか、自我である。

葛飾北斎という名の、北斎という号は、実はこの画家のほんの一時期の雅号でしかないという。
ある時は画狂人卍という不思議な号を使い、或いは晩年には画狂老人とも署名している。載斗(字が違うかもしれない)という名も使ったことがある。

肉筆の画に「画狂老人」という署名を見た時は、何だか、どきどきするような感動があった。

画狂、という命名が、まずすごい。
そしてさらに老人と付け加える。
この命名の凄み。
自分と言うものを、このように名乗る自我。

 

画に狂い、そして老人となってもまだ画に狂う。
北斎は生涯一画家だった。
89歳の齢まで自分の画業を追及し、やっと絵というものが分かって来た…とのたまう。

この自我が、あまりにも近代的だと思う。

職人でありながら、芸術家でもある。
そんな北斎の強烈な自我が、署名という行為に、痛いほど感じられるのだ。

*

確かに、出版社や、人々の求めに応じて描く職業画家ではある。
だが、その職人の中に、どうしたらより上手く、より高度な、より満足のいく画を描けるか…
そんな自分との戦い、自己の満足を求めて、より高いものを望み、追求せずにはいられない、そんな表現者としての性が、北斎を驚くほど近代的で、自覚的な人物たらしめている所以ではないだろうか。

 

北斎が天才だと思うのは、まさにこれらの点に尽きる。

確かな描写力、作品の数、そして強烈な自我。

天才と言うのは、この3つを必ず兼ね備えているものだ。
単に絵が上手い、というだけでは、天才と呼ぶには迫力がないと私は思う。

その点で手塚治虫と北斎は似ている。

手塚治虫の膨大な作品群と、あの強烈な自我と、持続するエネルギーを思うと、北斎となんと重なることかと、私は思ってしまうのだ。

 

閑話休題。
「北斎展」に戻る。

 

まず目を引いたのは、単色で描かれた肉筆の練習帖のようなもの。
これは、北斎の門人たちのために描いた、墨などによる簡単な肉筆の手本だということである。

本当に簡単な筆遣いで、何気なく描かれている。
描いてあるものは風景(の規範)だったり、鳥だったり、人物だったりする。
本来の絵に風景を添える時は、この中の絵を参考にしなさい、というくらいの手本描きだと思う。

大抵、墨でほんの一さらいしただけの、時間にすると2、3秒くらいしか描くのにかかっていないのではないかと思うような、簡単な、或いは殴り描きと言いたいような、そんな実にさらっとした筆による手本である。

 

風景に添えられている、空を群れて飛んで行く渡り鳥の情景などは、1羽の鳥に、ほんの3度、筆を使っただけである。
その間、推定約2秒。
その筆遣いを繰り返し、くの字を書いて飛んで行く鳥を描写している。

そんな簡単な筆で鳥だと分かってしまうのであり、鳥が飛んでいる情景が見事に描出されているのだ。

まさに舌を巻くしかない。

 

また、*天保の飢饉(?)の時に、肉筆写生画を沢山描いて販売した…と解説に書かれてあった、その肉筆の画集が、すごかった。

*なぜ、飢饉の時に肉筆画を売ったのか、私には不明

その画集は、おもに静物画と言っていい内容で、川を泳いでいる鱒(?だったと思う)、雀とはさみ、茶巾型の菓子、或いは蛇、飛んでいるホトトギスなどなどの上品な静物や動物を描出したもの。

しかし、この何気ない静謐な作品の、見事な観察力と、描写力にはまたまた舌を巻いた。

どれも、背景などはなく、ただ事物だけを浮かび上がらせるように描いている。

蛇のうろこの描写、半透明の茶巾の、中身のオレンジ色のあんこ(?)がやや透けて見えるさま、
川面の下を泳いでいる2匹の魚の、一匹は川面のすぐ下、もう1匹は川の底を泳いでいることが分かる川のせせらぎと魚の描写、
また、ホトトギスは腹を見せていて、鳥が飛んでいるところを、下から見上げたようなアングルから描いている。
ただ飛ぶ鳥を描くのではなく、仰角という、特殊なアングルから描かれた鳥の様子の斬新さ。

さらに雀とはさみという取り合わせの絵は、その握りはさみの描写の見事なこと…
(その絵が手元にないのが、残念だ)

よほど地道な観察力と、描写力がなければこのような絵は描けないだろうと思われる絵なのだった。

 

北斎の、想像以上の上手さ…というか、地道な絵修行を知ったことが、私には驚きだった。
殆ど、どの作品も驚きと発見に満ちていた。

 

展覧会に行く時、会場に入る前は、それまでは自分の日常で、あれこれ雑念があったりするだろう。
今晩何食べようかとか、バスは来るだろうかとか、いろいろ日常的なことを考えているだろう。

だが、この会場に入った途端、私は完全に北斎の世界に引きずり込まれてしまった。
見るのに30分くらいはかかるだろうな…
と想像していたが、ゆうに1時間以上、そこにうろうろしていた。
さらっと見るだけで、そのくらいはかかってしまった。
そうして、飽きないのだった。
飽きるどころか、作品を見ては驚き、感嘆していたのだった。

*

ただ、やはり版画より肉筆に、より深いものを感じたのは確かだ。

版画は、大変すごいとは言え、それは北斎が彫ったものではなく、彫師(?)が彫ったもの、それはそれですごいのだが、やはり他人の手が入っているだけに間接的になることは否めない。

北斎の肉筆は、じかにその力量が感じられるために、与える印象も強烈なのだった。

だが…

有名な、「凱風快晴」、そして「山下白雨」
この版画二枚は、特別な上にも特別だった。

 

 

北斎展であるから、この有名な、富嶽三十六景も当然展示されているのだった。

「神奈川沖波裏」はまだ、他の浮世絵と色調が同じで、確かに構図などは斬新であるけれど、他の作品と比べて、そんなに違和感はない。

しかし、このふたつ…
「凱風快晴」と「山下白雨」は、のどかな…
確かにのどかな名所づくしの人気浮世絵の中で、突然、というふうに、それだけ、明らかに全く異なった次元で、富士が屹立しているのだった。

 

 

どういうことだろう…

なぜ、いきなり北斎はこの、シュールとさえ言える富士を突然あみ出したのだろう。

そこには、やはり流行とか、出版社に頼まれて…とかいう理由で描いたのではなく
(おそらく「富嶽三十六景」はそのような名所巡り図絵として、当時の流行で依頼されたと思うのだが)
明らかに、北斎の自分の表現として、追求した結果のもの、としか思えない。

そこに一人のアーティストとしての、自己の表現を求める近代人としての画家の自我が強烈に表わされている…
としか考えられないのだ。

本物の「凱風快晴」…それはそれは強烈な画だった。

 

北斎の署名について先に書いたが、中には「画狂老人89歳」と書かれているものがあった。

89歳、と署名することに何とも言えない凄みがあり、それも強烈だった。

89歳で、まだ描いている…
89歳で、まだ追求を止めない。
そんな自負、自我が眩しいのだった。

北斎、真に天才とはこういうものだと、目の当たりにした展覧会だった。


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