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 Sir John Everett Millais

ジョン・エヴァリット・ミレイ 1829-96

 


オフィーリア Ophelia 1852 テイト・ギャラリー

 

上の絵はジョン・エヴァリット・ミレーが、のちにロセッティの妻になる、エリザベス・シダルをモデルに描いた。
シダルを浴槽に長時間つけたままデッサンし、シダルはそのため風邪をひき、熱を出したという。

題材は無論シェイクスピアの悲劇「ハムレット」からとられたもの。ヴィクトリア朝時代にはシェイクスピアの主題は
よく題材にされたという。

このミレイの「オフィーリア」は恋人ハムレットに邪険に扱われ、狂気のうちに自殺してしまう悲劇の若い女性を、
ラファエル前派らしい耽美的な筆致で描き、ミレイの中でも最も有名な絵のひとつだ。

花はひとつひとつ丹念に写生をしたそうだが、狂い死にしたオフィーリアをかえって神秘的で、美しく彩っている。

 

モデルを浴槽につけてデッサンしたので、浴槽と川の境目の描き方が不十分とも言われているが、
それでもラファエル前派の代表作と言ってもいい、審美的で、これぞプレラファエルといっていい作品だろう。

夏目漱石もこの絵にインスピレーションを得て、作品に生かしたことは有名である。

 


両親の家のキリスト
Christ in the House of His Parents (1850) テイトギャラリー

 

もうひとつ、ミレイの中で有名な作品として知られる「両親の家のキリスト」。

あまりにもリアリズムに徹していたために、アカデミーに酷評されたという。

実際の大工を雇ってイエスの父ヨセフの筋肉のつき方などを研究したと言われる。

確かに宗教画にしては、少年のイエスにしても、あまりにもリアルな普通の子供、
どこにでもいるような母マリア、ごく普通の大工にしか見えないヨセフ、そして大工の家の
詳細な様子、などは当時の宗教画としては受け入れられなかったのだろう。

だが、少年イエスが示している手のひらの傷などは、のちのイエスの磔刑の傷を象徴するもの、
また右側の少年は、洗礼者ヨハネを象徴しているのだろう。

イギリスにおいても、宗教画は定型でないと、受け入れられなかったようだが、
今ではミレイの代表作と されている。

 






ロンドン塔の王子たち
The Prince in the Tower 1878
ロンドン大学 ロイヤルホロウェイ・カレッジ


ミレイの美少年画を。


1483年、エドワード4世の二人の王子たちが叔父の
リチャード3世によってロンドン塔に幽閉され、殺されたという。

王子たちが殺人者の近づく足音を聞いているという、
悲劇的なシチュエーションを緊迫感をもって描いている。


闇へ続く階段の前で怯えた表情を隠せない二人の美しい少年。

黒いコスチュームが闇にいっそう映えている。

残酷な場面だが、それだけに少年たちのはかなく、
高貴な美貌が際立っているように思える。

二人のしっかりとつながれた手が悲しい

ミレイは後半生、肖像画を描いて非常に名声を得て、
肖像画の名手となったので、肖像は女性だけでなく、成人男性も、
このような歴史肖像画も描くようになったものと思われる。

人物を美化して、理想的に描くことが出来たので、
このような少年の美もフラットな気持ちで描けたものと思う。








ジョン・ラスキン John Raskin 1853-1854
アシュモリアン美術館


ジョン・ラスキン(評論家)は、ミレイの友人だった。

ラファエル前派に共鳴し、擁護する評論を書いた。
「キリスト」などで批判にさらされたミレイを擁護したのもラスキンだった。

ミレイはラスキン夫妻と休暇をスイスで過ごし、この肖像画を描いたという。

ラスキンは妻、ユーフィミアとの不幸な関係があり、
ユーフィミアとミレイは旅行中に接近し、やがて恋に落ちた。

ユーフィミアはラスキンと別れ、ミレイと結ばれることとなる。
ラスキンの無知が招いた不幸であり、ミレイとの結婚は運命的、
必然的なものだったのだと思う。

この肖像のラスキンは威厳のある、堂々と論陣を張る、
自信に満ちた紳士として描かれているようだ。






ブラック・ブランズウィッカー The Black Brunswicker 1860年
レディ・リーヴァー美術館


ミレイは数作の失敗で評判を落としたが、この絵が好評を得て、
再び名声を取り戻したという。

題材になっているのは、ワーテルローの戦いに出征してゆく
兵士と、その別れを惜しむ恋人。

バックにナポレオンの肖像が描かれていることからも、
題材がワーテルローの戦いをモチーフにしていることが分かる。

タイトルはワーテルローに赴くドイツ兵
(ブラウンシュヴァイク騎兵)にちなむ。

どちらかというと甘い、通俗的な絵のように思えるが、
このような絵によって、ミレイは肖像画家として注文が殺到する
肖像画家としての地位を獲得してゆく。

そしてアカデミーの会長となり、サーの称号も得た。

若き日のラファエル前派とはまた違う方向で成功を獲得したのだった。



以下、ミレイの中で有名な作品の数々━。



The Return of the  Dove to the Ark 方舟への鳩の帰還
 1851
アシュモリアン美術館



方舟は、ノアの方舟をさしているのだろう。

方舟に乗せた鳩を飛ばせ、漂流する方舟の陸地を探す。
その使命にあずかった鳩が陸地を見つけて帰って来た場面だろう。

無垢な少女二人が鳩を迎えるというミレイらしい、
旧約聖書の故事にちなんだ宗教画であっても、それと感じさせず、
少女たちの感動の瞬間を選んで絵にした。

無垢な少女たちは、ミレイの絵のテーマでもあった。



Brides Maid 花嫁の付き添い 1851 
ケンブリッジ フィッツウィリアム美術館


ミレイ作品の代表作のひとつ。


豊かなウェーブした金髪をまっすぐ下に降ろした、珍しい女性像。

そして真正面からその姿をとらえる。

画面のほとんどを占める山のようなブロンドの髪が何と言っても印象的。

意欲的な構図で若い女性を描き、
単なる懐古主義的な画家ではなかったことが伺われる。



花嫁の付添人として、彼女は習慣として指輪にケーキのかけらを9回通して
幸運を祈っているところであるという。

白い花が描かれているのは純潔の象徴だろうか。


Autumn Leaves 秋の落ち葉1856 マンチェスター市立美術館


こちらの作品も有名なもの。

秋の日、夕陽に染まりながら落葉を集めて落ち葉焚きをして暖を取る少女たち。

英国の寒い秋を背景に、少女たちの無垢さと、落ち葉の山のリアリティが
印象に残る、英国の季節の一場面を切り取った名作だ。


人物像が得意で、肖像に力を発揮したミレイだが、
少女を描く時は、
ことに嫌味なく彼女たちの無垢さが自然に描写されていて、
ヴィクトリア朝の品の良さが感じられる。




Mariana マリアナ 1851 個人蔵


ヴィクトリア朝の詩人、テニスンの詩に基づく作品で、婚約者に捨てられ、
死にたいと嘆くマリアナを描いた。

テニスンの詩は、ラファエル前派の画家たちにかなり影響を与えたようで、
彼らはこぞってテニスンの詩をもとに描いている。


窓にしつらえられたステンドグラスの精緻な描写、
タペストリーのような刺繍の布の質感、
そしてテーブルや椅子などの調度品のリアリティ、
テーブルにかけられたクロスのリアリズムは驚くほど。

そして背景に暗く描かれている室内の調度品までが精妙に描かれている。

この圧巻の描写は、古典に学んだラファエル前派の画家ならではだろう。

 


Sir Isumbras at the Ford 浅瀬を渡るサー・イザンプラス 1857年 レディ・リーヴァー美術館

この作品もミレイの代表作。

中世の老騎士が二人の子供を馬に乗せ、川を渡り切ろうとしている場面。

黄金の甲冑を纏った騎士は中世の時代から抜け出てきたようだが、
子供たちはごく日常的な衣服を着ている。

水嵩の増した川に怯えて騎士に縋り付いている場面のようだ。

騎士サー・イサンブラスは、時代錯誤的に現代に現れ、子供を救おうとする騎士の幻影なのだろうか。

A Dream of the Past (過去の夢)という副題がついていることからも、過去の騎士の栄光を語った絵なのだろう。


 

肖像画━





Bubbles シャボン玉 1866年
A&F ピアーズ社


ミレイの孫をモデルに描いたこの絵は大評判を呼び、
ミレイの肖像画家としての名声を決定的にしたものだという。

そしてミレイの中でも当時、最も有名な絵であったという。

のちに石鹸会社(ピアーズ社)がこの作品をポスターにして、
宣伝に使って大成功を収めたらしい。


ミレイには以降、少年や少女の肖像の注文も沢山来たという。

幼い子供たちを描くことで、腕を発揮したミレイは
子供の肖像画家としても評判になってゆく。



Afternoon Tea アフタヌーン・ティー 午後のお茶 1889年
ウィニペグ美術館(カナダ)


何とも愛らしい幼い少女たちのお茶会を描いた作品。

まだ幼い幼女たちの着ている衣服から上流階級の少女たちだと
分かるが、
とくに後ろを向いた少女のドレスの後ろに結ばれた大きなリボンが
愛らしい。

ちょっとおしゃまな彼女たちを魅力的に、写実的に描いていて、
ミレイが子供たちの肖像画で人気を博した理由が良く分かる。


   





Princess Marie of Edinburgh Later Queen of Romania
エジンバラのメアリー姫
のちのルーマニア女王 1882
ロイヤル・コレクション


王侯貴族たちからの肖像への注文も多数あったようで、
中でも自分たちの子供を描いてほしいという要望が
多くあったのだろう。

プリンセス・メアリーはヴィクトリア女王の孫娘だという。

ミレイは女王からも知己を得て、信頼を置かれていたようだ。
(妻エフィとのいきさつから、エフィに対しては女王は長いこと
納得が出来なかったようだ)

手に持つ編みかけの編み物と、毛糸の玉とが印象的で、
おそらく手袋か靴下を編んでいる途中なのだろう、
庶民的な小物を配しているけれども、
衣服や、揃えられた髪の様子などで高貴な家柄の少女だと
分かる。

丁寧で細やかに細部まで疎かにせず、
暗い背景から少女の可憐さを浮かび上がらせるテクニックに
肖像画家としての手腕がいかんなく発揮されているようだ。



A Souvenir of Velzquwz ベラスケスの記念1868 個人蔵

特定の少女を描いたものだろうか、ベラスケスをリスペクトしたものだろうか、

確かにベラスケスのマルガリータ王女を思わせるような少女像で、
絵のタッチもベラスケスの荒くて、的確な筆づかいをそのまま
彷彿とさせる作品だ。

ミレイはルーブル美術館で、ベラスケス作品に接したようだ。


リスペクト作品としても、単なるリスペクトに終わらず、
ちゃんと少女の肖像画として成立している素晴らしい絵だと思う。



ミレイは少女を描く時、やはり卓越した力量を発揮した。



A Jersey Lily,portrait of  Lilie Langtryジャージーの百合 1878年
ジャージー州公共事業団


ミレイは上流階級の人々の肖像も描き、成功した。

あらゆる紳士や婦人を丁寧に描いたからこそ、肖像画家として
成功した。

子供のほかに、女性像も多く手掛けていて好評を博する。

モデルを誠実な目で見つめ、的確に把握し、顧客に満足を与えた。


この絵のモデルは女優のリリー・ラングトリーだということだ。

実に上品で、気品のある女性に描かれている。
手にした花も慎ましい。
襟元に描かれた百合が彼女を象徴している。



Portrait of Lady of Campbell, née Nina Lehmann
レディ・キャンベルの肖像
 1884年
クリスティーズ


レディという称号を持つことから、やはりこの女性も上流貴族の女性だろう。

横に花のいけられた花瓶と脱いだ手袋を置き、
あとはウォールペーパーのような背景だけで、
花瓶の置かれたサイドテーブルに何気なく座っているという、
さりげないポーズで気品のある女性を描いている。

彼女の豪華な袖の短い白いドレスと、真珠のネックレス、
手に持つ扇などが見事な技術でモデルを性格づけている。







Portrait Clarissa Bischoffsheim1873 テイトギャラリー


こちらも貴族の女性の肖像。

daughter of the Viennese court jeweller Joseph Biedermann and wife of the Dutch financier Henry Louis Bischoffsheim
(ウィキメディアより)


19世紀末の貴族女性のファッションが詳細に描写されていることがとても興味深く、当時の衣服の流行を知ることが出来て面白い。

バッスルスタイル(?)の上下に分かれたドレスのようだ。

もちろん下にはコルセットを締めていたことだろう。

肖像画は当時の写真代わりでもあるけれど、
より理想的な美化された写真とも言えるだろう。


The Farmer's Daughter 農民の娘 制作年不明


無名の農民の少女。

あるいは主題のある絵なのかもしれない。

労働に疲れたような表情が印象的で、忘れがたい。

重そうなバケツ。
ひとりで草むらを歩く。

粗末だがエレガントさを失っていない衣服。

孤独な労働に耐える村の少女を優しく見つめているようだ

 


 

人物たち━






Cinderella シンデレラ1881 個人蔵(アンドリュー・ロイド・ウェバー)


個人的に一番萌え萌えしているのがこの絵。

シンデレラとタイトルがつけられているから、多分、
シンデレラが掃除をいいつかって家でしょんぼりしているところなのだろう。

そのシンデレラをこのような美少女像で描くとは。

まるでまだ14、5歳、いやもっと幼い12、3歳くらいかと
思うようなシンデレラ。


憂いを含んだ薄幸の雰囲気も、それでいてきりりとして
誇り高そうな表情も、
箒と羽根のはたきを手に持ったところも、
裸足の足元も、すべてがロリータとして完璧。

画家がよこしまな邪念を持たないからこそ、こういう絵が描けたと思う。

それにしても持ち主がアンドリュー・ロイド・ウェバーというのは本当なのか?






Joan of Arc ジャンヌ・ダルク1865年 個人蔵


ミレイはジャンヌ・ダルクも描いた。

歴史画の部類に入るのかもしれない。

ジャンヌ・ダルクを描く画家はあまり多くはなかったと思うが
いないことはない。

確かアングルが描いていたと思う。

同朋のロセッティもバストショットで描いていた。


ジャンヌはあまり好きではないキャラクターだけれども、
このミレイのジャンヌは例によって
肖像の上手い画家の技量がじゅうぶん発揮されていて、
暗い背景の中から浮かび上がる、
思いつめたような表情のジャンヌが、胸に迫って来る。

彼女の未来の運命も暗示したような、見事な絵だ。

また甲冑の光り具合などのリアリティも見事。


The Eve of St. Agnes 聖アグネス祭の前夜1863

モデルはエフィー・グレイ、ミレイ夫人。

ジョン・キーツの詩「聖アグネス祭前夜」から画題を得ている。

キーツの詩の主人公、マデライン姫を描いたものと思われる。

マデラインは反目する家の仇敵と恋仲にあるという、禁断の悲劇の恋のヒロイン。

聖アグネス祭前夜に祈りを捧げれば、夢で未来の夫に会えるというロマンチックな言い伝えがあるという。


聖アグネスはローマ時代の処女殉教者。若い女性の守護聖人であるという。

荒いタッチの筆で室内を描き、その中にヒロインがドレスを半ば脱ぎ捨てるようにして放心して立ちつくしている。

マデラインはドレスを脱いで眠りにつくところだろうか。それとも恋人との恋が成就せず嘆いているのだろうか。

女性の美しい立ち姿と横顔が忘れがたい作品だ。


 



遍歴の騎士 The Night Errant 1870年 テイト・ブリテン


騎士とは、アーサー物語の騎士のことなのだろうか。

黒光りのする頑丈な甲冑に身を包んだ騎士が、
囚われの美女を開放する…
西洋では、昔から、ペルセウスとアンドロメダ姫の物語のような
シチュエーションの似た物語が多く、絵にも描かれて来た。


囚われの姫を救う逞しい騎士の物語を絵画化した、
といっていいのだろう。

ラファエル前派も好みそうな題材だが、
ミレイはかなり写実的に描いていて、
それでもロマンティックな昔物語を紡いでいるように思える。

けっこうロマンティックな絵で、好みなので大きく取り上げてみた。


ミレイの唯一の女性の裸体を描いた絵らしい。

けれども裸体のセンセーショナルな感じはあまりなくて、
あくまで品よく描かれていると思う。

 

 


 

ミレイは晩年はラファエル前派とはまた違う方面へ向かい、肖像画家としての地位を築いた。

イギリス伝統に連なるアカデミーの会長にもなり、大画家としてサーの称号も得た。

ラスキンの妻との出会いなど、プレラファエルらしいスキャンダルもあったが、のちには幸福な画家人生を歩んだようだ。

ラファエル前派の画家のそれぞれの生き方…、様々な人間模様、端正な絵の数々からは想像出来ない、
それぞれの画家の人生があったようだ。

 

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参考 週刊グレートアーティスト93 ミレイ 同朋社出版 1991年

   小学館ウイークリーブック 週刊美術館13  ロセッティ・ミレイ 2000年

 

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