シャーロック・ホームズの冒険
The Adventure of Sherlock Holmes
1970年 アメリカ映画
監督 ビリー・ワイルダー
主演 ロバート・スティーブンソン コリン・ブレークリィ
14/1/22
シャーロック・ホームズの映画は沢山作られている。
3D時代になってからも作られているし、客寄せというか、観客を集めるにはそこそこ良い題材だと製作者側には思われているのだろう。
テレビでもグラナダテレビのNHKで放送されたジェレミー・ブレットの作品は原作に忠実な良い出来として有名だ。
ホームズ映画は昔から結構作られていたが、この映画はハリウッドの有名監督、ビリー・ワイルダーが1970年に監督したもの。
脚本は彼と、彼とのコンビでずっとワイルダー映画を作って来たI.A.L.ダイアモンドで、ふたりのオリジナル脚本である。
映画ではオリジナル脚本であることが多い。原作をそのまま映画化するよりも、想像力を羽ばたかせることが出来るからであろう。
この作品はパスティーシュとして非常に良い出来で、早川文庫でノベライゼーションが発売されていたが、ロングセラーになり、長くハヤカワにラインナップされていた(今も発売されているかは知らないが)。
それは単なるノベライゼーションというより、パスティーシュ扱いで、ストーリーが卓越していた証拠だと思う。
映画は19世紀のロンドンをいかにも上手に再現した、時代考証のしっかりした、ノスタルジックでとても正統的な作りである。
一流のビリー・ワイルダーらしく、プロダクション・デザインや衣裳、小物などとても凝っていて、贅沢で、それらを見ているだけで楽しい。
大体、ホームズの鹿打帽にパイプ、馬車に街灯というだけで楽しいから、シャーロッキアンには垂涎の映画なのである。
近頃の人を驚かすような、大仕掛けやアクションなどでお茶を濁している映画ではない。
とても本物らしい、誇り高いパスティーシュと言ってもいい。ホームズもののパスティーシュ本もそれこそ沢山出ているが、それらと比べても遜色のない、というか、凌駕しているというか、とにかく良く出来た作品なのだ。だからノベライゼーションも長く販売されていたのだろう。
ストーリーは、ロンドンのコックス商会に眠っていたワトソンの遺品が入っている鞄が50年ぶりに開かれることになった、という場面から始まる。
プロローグからしてシャーロッキアンが泣いて喜ぶ設定である。
遺品の中には未発表の原稿が入っていた。それがこのストーリーである。
ある日の夜、ホームズのもとにずぶ濡れの美女が馬車で運び込まれる。
彼女はベイカー街221Bの住所が書き込まれた書き付けを握り締めていたのである。
女はベルギー人で、夫がヨナ商会というところに技師として働きに行ってから3年も音信がない、と言い、夫の仕事先をつきとめるが、そこはもぬけの殻で、なぜかカナリヤが飼われているばかり。
と、最初から謎が謎を呼ぶ展開で、ホームズの兄、マイクロフトが出て来たり、ネス湖のネッシーの謎を探りに行ったり、果てはヴィクトリア女王まで登場して来たり。
謎のヨナ商会とは、女の真の正体とは。カナリアの目的とは。
そして、女とホームズの間には?
話は国家単位の機密に及び、ネッシーの正体も暴かれるが…
謎解きも楽しいが、この映画で楽しいのは、やはりワイルダーの脚本による会話の面白さ。
ハドソン夫人がホームズの部屋を掃除するなと厳命されていて、でもこんなにゴミがたまっているんですよ、と指と指の間をあけて、ホームズに目の前に突き付けると、ホームズがそれは1885年の資料だ、と言ったり。
まあ、そんな会話が次から次へと出て来て楽しいことこの上ないのだ。
もちろんホームズはバイオリンを弾き、コカインを試し、ワトソンに初歩だよと嘯く。
馬車に乗り、インバネスケープを羽織り、マイクロフトに会いに行く。
ホームズのロマンスとしてはあのアイリーネ・アドラー嬢が有名だが、この映画は、ホームズと女性のロマンスをほんの少し匂わせて、そしてそれは苦い思い出としてホームズの忘れられない記憶として残っているのだ、それがあまりにもプライベートなので、ワトソンが公表を差し控えて来たのだった。
そのクロージングがなかなかやるせない。ホームズが部屋の扉を閉じてバイオリンを弾くのだ。
もっと見ていたい、というような、これが単発のホームズものなのが残念なような惜しいような、そんな気持にさせるラストだった。
俳優はイギリスの舞台俳優が中心で、ホームズ役も舞台の役者だった。
本題に入る前に、ロシアバレエのプリマドンナにホームズが求婚されるところとか、それをワトソンとの仲を暗示してホームズが断るところとか、そのためにワトソンの周囲に女性ダンサーの代わりに男のダンサーばかりになるところとか、そんなところが楽しい。
私はシャーロック・ホームズが大好きなので、本格的な時代考証とプロダクションデザインで、当時の雰囲気を良く出し、謎が謎を呼ぶシチュエーションも良く出来ていて、多いに楽しめた作品なのだった。