世にも怪奇な物語
Histoires Extraordinaires
1969年 仏=伊合作
監督 ロジェ・ヴァディム ルイ・マル フェデリコ・フェリーニ
主演 アラン・ドロン ジェーン・フォンダ テレンス・スタンプ
14/1/21
エドガー・アラン・ポオという作家は、日本では推理小説の基礎を築いた作家として有名だが、ヨーロッパではフランスの詩人、ボードレールが紹介したせいで、幻想作家として名を知られている。
この映画は、そういうヨーロッパでのポオ評価が如実に分かるような映画で、日本語タイトルこそ怪奇映画めいた題名がついているが、怪奇という感じではなく、大人向きの、エロチシズムを加味した、幻想的な雰囲気の映画に仕上っている。
演出に仏伊の有名一流監督があたったオムニバス映画で、ポオの作品で出来映えを競いあっているかのようでもあり、そんなところもお楽しみである。
三人の監督による三部作で、俳優も一流ばかり使っている。豪華な共演である。
一編それぞれは約40分ほど。
1.黒馬の哭く館(原題 メッツェンゲルシュタイン)
監督 ロジェ・バディム
主演 ジェーン・フォンダ ピーター・フォンダ
中世。
莫大な遺産を相続した女領主のフレデリクは気まぐれで我侭、残忍な性格だった。
大した理由もなしに子供を殺したり、城では夜な夜な乱交パーティーを繰広げていた。
そんな生活にも飽き飽きしていたフレデリクは、森でふと隣りの領主ウィルヘルムと出会う。
彼の家と、フレデリクの家は昔からの敵同士であったが、フレデリクにはそんなことは関係なかった。はじめて会ったウィルヘルムにひと目ぼれし、自分の城に誘う。
しかしすげなく断られて、激情的な彼女は彼に復讐を思いたった。
ウィルヘルムの厩に火を放ったのである。
ウィルヘルムは愛馬を助けるため厩に駆けつけるが、火に炙られ命を落す。
ある日、フレデリクの城に手のつけられない黒い暴れ馬がどこからともなく姿を現わす。
馬はフレデリクにだけ、なついた。
彼女はそれからはその不思議な黒馬に夢中になり、城のパーティーや遊びに一切興味を示さなくなった。
馬と一緒にいる時だけが彼女の幸福であった。
ある時、領内に雷が落ち、ひどい火災が起った。
あの黒馬は暴れ、火事が起きた場所へ走ろうとする。
フレデリクは、今や馬と一体だった。
彼女は馬に乗り、そのまま火の元へと馬と共に突き進んで行くのだった。
原作はポオの中でもあまり知られていないし、私も知らない。その短編をかなりバディム風に脚色してある。男と女の因縁話に変えてあるのだ。
当時バディムと結婚していたジェーン・フォンダをいかにエロチックに撮るか、だけの映画かもしれない。
ジェーンの着ている衣装が中世のそれとはかけ離れたエロチックなものであるのもご愛嬌だろう。
ただ、このパートを私は嫌いではない。
なぜなら、ジェーンとピーターの姉弟が唯一共演している映画だからなのだ。
ピーター・フォンダはまだ「イージーライダー」でブレイクする前で、ジェーンが片思いに身を焦がす相手を演じている。
ほんの少しの出番なのだが、実の姉弟だけに、共演場面にはちょっと妖しい雰囲気が流れている。
ふたりをキャスティングした、バディムの功績だろう。
黒馬が、死んだウィルヘルムの生まれ変り(かもしれない)で、その馬に夢中になる女領主、というシチュエーションもなかなか妖しく美しい。
この頃のジェーンの美しさもとびきりだったと思う。
二人の一番いい時に共演した、ファンには嬉しい一編であった。
2.影を殺した男(原題 ウィリアム・ウィルソン)
監督 ルイ・マル
主演 アラン・ドロン ブリジット・バルドー
こちらはドロンとバルドーの共演というサービス篇である。
原作は割りと有名な作品でポオの代表作のひとつかもしれない。
近世。
ウィリアム・ウィルソンは子供の頃から残忍な性格で、自分勝手で、いやな男だった。
彼が悪さを働き、それが頂点に達した時、不思議にもある少年がやって来て、彼の悪さを暴いた。
その相手は名をウィリアム・ウィルソンと名乗り、ウィルソンとそっくりの顔形であった。
そして、それ以来、ウィルソンが悪事を働くたび、どこからともなくやって来て、彼の本性を暴くのであった。
長じて、賭博場でカードに興じている時、ウィルソンは相手の女にもし勝てば彼女を自分の自由にすると宣言し、女に勝ち、女の背中を鞭打った。
だが、どこからともなくまたあの男が現れ、ウィルソンのいかさまを暴いた。
怒り狂ったウィルソンは、もう一人のウィルソンに剣で戦いを挑み、そして相手を倒す。
相手のウィルソンは馬鹿め、お前は俺だ、俺が死ねばお前も死ぬのだと言った。
ウィルソンは教会に告解に行き、そして教会のてっぺんから身を踊らすのだった…
わりと原作に忠実で、そこに大人のエロチシズムが加味されているという感じの作りだった。
当時人気のドロン、バルドーを使って娯楽篇という感じである。
3.悪魔の首飾り(原題 悪魔に汝の首を賭けるな)
監督 フェデリコ・フェリーニ
主演 テレンス・スタンプ
これもポオの全然有名ではない短編の映画化だが、設定は現代になっていて、ほとんど原作の原型を留めていない。
フェリーニが自由にイマジネーションを働かせ、作り上げた世界という感じだ。
実は、この作品が、このオムニバス中の白眉で、最も素晴らしい出来だ。私がベストテンに残しているのはこのフェリーニ編があるからこそである。
現代。
イギリスのシェークスピア役者、トビー・ダミットは、イタリアの映画祭のゲスト出演のため、イタリアに招待された。
特典でフェラーリを貰えると聞いて、スピード狂のダミットは招待を承知した。
しかし彼は飲んだくれのアルコール依存症に陥っており、役者の仕事は減るばかりの状態であった。
着いたばかりのイタリアの空港で、ダミットは幻覚を見た。
白い服を着た少女が鞠を手に遊んでいる。
映画関係者が映画の主演を依頼した。だが彼は退屈だった。
テレビ出演もしたが退屈だった。
映画祭が始まったが退屈だった。
壇上で「マクベス」の一節を暗唱したが途中で降りてしまった。
アルコールだけが救いだった。
映画祭を抜け出した。
外には見事なフェラーリが置いてあった。
嬉々としてそれに乗るダミット。
奇声を上げ、まるで馬を操るように車に夢中になった。
夜のローマ中をかけぬけるダミット。
道路が工事中の現場があり、そこには道路の途中が陥没して深い穴が開いていた。
穴の向こうに、昼間空港で見た、白い少女の幻影がボールを片手に遊んでいた。
ダミットは躊躇わなかった。
アクセルをふかすと、その暗い穴に向って車を突っ走らせていった…
設定が現代で、しかもイタリアの映画祭に招待されるイギリス俳優、という楽屋おち設定がいかにもフェリーニらしいが、この作品が意外にも最も怪奇色が強く、ホラーの王道をいっているのが面白い。
ラストは恐くて、背筋がぞっとした人もいるに違いない。
私はこの映画でテレンス・スタンプという俳優を知ったと思う。
中学生の頃だったと思うが、思春期の子供に、このテレンス・スタンプの鬼気迫る演技は刺激が強すぎた。
私はこの人は普段でもああして飲んだくれてフラフラしているのだろう、と思い込んだ。
それほど、スタンプの演技は真に迫っていて、どちらかというと、狂気を感じさせるほどだった。
今見てみると、こんな凄いものを見たらそりゃあ嵌るな、という感じだ。
私にとっては、これを見た時からテレンス・スタンプは特別の存在になったのだ。
すてきだとか、かっこいいとか、そんなことではなくて、何か凄いものを見た、見てしまった、という感想だった。
どうしてフェリーニ映画にキャスティングされることになったのだろうか。
なにも理由は知らないが、キャスティングした人に感謝である。フェリーニ世界を自在に、存在感たっぷりに浮遊するテレンス・スタンプは強烈で、それを自在に演出したフェリーニもまた凄かった。
フェリーニの空港風景、テレビ局風景、映画祭風景、いつも通り圧巻である。
風刺の度合いが利いていて、皮肉で、馬鹿馬鹿しい。
たった40分の時間の中にフェリーニのエッセンスがこれでもかと言うほど凝縮されていて、見応えがある。
音楽ニーノ・ロータ、撮影はジュゼッペ・ロトゥンノで、ともにフェリーニの世界を駄目押しして見事である。