Memorable One

わだつみのいろこの宮

青木繁   1907年 

 

私はたしかにこの絵の実物を見たことがあると思う。

実物は、たしかブリヂストン美術館にあるが、京都の展覧会で見た覚えがあるのだ。

見たいとは思っていたが、まさか本当に実物が見られるとは思っていなったので、
感激していた覚えがあるからだ。

作者の青木繁は、現在ではどんな位置づけの画家なのだろうか。
もう 忘れられた画家になっているのだろうか。

 

彼の絵では多分「海の幸」などのワイルドな絵の方が有名だとは思うが、初期にはこのような
ロマンチックな絵も描いていた。

明らかにラファエル前派の影響を受けていることは、ひとめで分かる。

とくにバーン・ジョーンズの構図に酷似している。

それで私は多分、この絵が好きになったのだと思う。

いつの頃この絵を知ったのかはもう例によって覚えがない。

多分、青木の絵の中では硬質すぎるとか、硬直しているとかと言われ、
あまり評価されていなかった と思う。

けれども私はこの絵のロマンチックさに惹かれるものがあった。
たとえ、硬直しているのかもしれないが、私には魅力的に思えた。

いちど、アートエッセイのなかにこの絵のことを書いて、
同じようなことを言っているので重複になるかもしれないが、 それでもこの絵は
重要文化財に指定されているそうだ。

題材は古事記を主題にしている。海幸彦・山幸彦の物語の一場面。

上方に半裸でいる若い男性は山幸彦、左側の赤い衣を着て、山幸彦を見上げているのが
豊玉姫だそうである。 
右側の白く長い衣を着た女性は姫の侍女。 

兄、海幸彦の釣り針を紛失して海の中深くに潜り、そこで遭遇した海の底の世界。

私は、青木のことは良くは知らない。

ただ早世したこと、非常に早くで亡くなってしまい、作品も多くは残っていないが、
それでも「海の幸」などが 評価されていることなどを知るばかりである。

 

青木は「古事記」を愛読し、古代神話に深い関心を寄せていたそうだ。
古代神話をモチーフにした作品も 多く描いていたという。

そしてそこにラファエル前派の影響があり、この「わだつみ」のような作品が出来上がったのだろう。

縦長の、バーン・ジョーンズに非常によく似た構図、それを完全に日本の神話世界に移植して、
成功している。

これほどまでに、日本の絵画でラファエル前派が完璧に再現、いや実現されていることに驚かされる。

若い山幸彦の無垢で美しい表情、
それに見入られたかのような、釘付けになっているかのような豊玉姫の戸惑ったような表情と、
濡れそぼった、身体にまとわりついた赤い衣の描写。

そして海の底からほんの少しふつふつと、豊玉姫の足先から湧き上がって来る、泡の描写の…、
それだけが、ここが海の底だと理解させる、何とも言えないうつつのような、夢のような、
しかしリアリティのある泡の描写の陶酔的な透明感。

これを実際に見た時、どのように感じたのか、その記憶はあまりない。
ただ感激したのを覚えている。

実物を見ることが出来たという感激、そして思った通りの美しい、ロマンチックな世界。
深い、深い海の底の世界での出来事。

この、この世ならぬ、現実にはない不思議なうつくしい夢の世界を目の当たりにして、
そこに感激していたのだと思う。

この絵が上出来の絵ではないのだとしても、私の琴線のどこかに触れる、私の心を揺すぶる
憧れの世界を 感じたのだろう。

漱石が「それから」の中で言及している。漱石もわだつみを評価していた。
実は漱石もロマンチストだったのではないかと思ったりする。

 

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