Memorable One

夏秋草図屏風

酒井抱一

2016/12/24

 

この絵を知ったのはいつだっただろう。

確か琳派の絵を見始めて、抱一の名前を知った頃だろう。

そして抱一という画家をより知りたくなって、いろいろあれこれと彼の作品を画集などで見始めた頃だっただろう。

でもそんなことは、ここではどうでもいい。

はじめてこの絵を見たのは京都の細見美術館だった。

この絵が展示されるというので見に行った。そうしたら、普段は静かであまり人もいない細見の前に列が出来ていて、
しかも横断歩道の手前からも列が出来ている。

いつも細見でこんなことはあり得なかったことなので、列を作っている人皆が不思議がっていた。

私はこの夏秋草が目当てだったが、ほかの人もそうだったのだろうか。

 

前に私は、この絵の前に立つと風が吹いてくるような気がする、と書いたような覚えがある。
書かなかったかもしれない。よく覚えていないが…

確かにこの絵には風があり、そして自分の前にその風がそよやかに流れていくのである。

 

尾形光琳の「風神・雷神図」屏風の裏に描かれたということはよく知られているし、そしてそれに
インスピレーションを得て描かれたものであることも周知だ。

でも私は、この絵を見る時、とりあえず光琳の風神雷神は取り外し、関連付けて考えないことにしている。

この絵は、この絵だけで独立している。そしてこの絵だけで傑作として楽しんでいる。

 

まず背景に銀箔を使っている。

銀は宗達も使っているようだ。有名な鶴下絵も銀で描かれている。
しかし、宗達の銀は褪色している。

だから、銀というものは褪色するのであまり使われないのだろうと思っていた。

日本の屏風絵はたいていが…、当たり前だがほとんどが金箔を使っている。

それを抱一は銀を使った。

これは、ここだけは多分光琳の風神雷神に対抗するように、あちらが金ならこちらは銀で、というつもりで
銀を持って来たのだろうという気がする。

だが、抱一の銀は、時代が新しいせいか、褪色していない。
あまりにも美しく、鮮やかに、我々の目の前に残ってくれている。

裕福な武士の家庭の出だったので、とてもいい銀箔を使ったのかもしれない。

この背景の銀箔に、様々な色合いの緑色の草が風に揺れているさまが、ひどく美しい。

銀と、緑青の取り合わせがひどく美しい。

鮮やかな緑の草に見え隠れしている白い百合の花、
少し赤みを帯びた枯れた葉のアクセントなど、憎いばかりの配色。

屏風の右上にわずかに水の流れをくっきりした青で描いた、この水の位置、そして青の鮮やかな色、
様々な緑も青も、アクセントに用いた少しの色も、みな銀に映えて美しい。

銀というものをこれほどまでにあでやかに、効果的に用いた日本の画家も、
これまであまりいなかったのではないだろうか。

抱一はほかにも銀箔地の屏風を描いているようだが、銀という地に拘った、
珍しい画家だったのではないかと思ったりする。

 

二度目にこの絵を見たのは琳派展の国立博物館でだった。

やはり風は吹いていた。

多くの人で混雑している中で、この絵の中の風は、ひとしきり私の前をさっと通り過ぎていった。

美しいと思った。この絵はどこか人の心を奥底をゆり動かす、情緒をもたらす、特別な絵なのだと思った。

 

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