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京都造形芸術大学の問題

2019/9/19  (2020/3up)

 

 

今現在、この問題がどうなっているかは分からないが、これを書いた時、少し(京都)新聞を賑わした。

その時、興味があったことなので、ここに再録しておく。

問題が片付いているのなら、それに越したことはないのだが。

では

 

++++++++++++++++++++++++++

 

 

少し前から話に出ていた、「京都造形芸術大学」の改名問題について。


https://www.kyoto-np.co.jp/education/article/20190917000114

「京都芸大」改称の私大学長が市長批判 「そっちやめろは問題」(京都新聞)



京都市左京区にある京都造形芸術大学が、来春から「京都芸術大学」に名称を変更しようとしていることは、
新聞で読んで、知っていた。


そして、その名称が、京都市立芸術大学(西京区)とあまりにも似ているというので、
市立芸大が提訴していることも。


これだけ書いてもややこしい…。

市立芸大が訴訟しようとするのも無理はないなとぼんやり思っていた。




だってこんなぼんやりした頭では、今これだけで、ごっちゃになって、どちらがどちらかさっぱり分からない…。



京都造形芸術大の学長は尾池和夫という人らしいが、確かこの人は以前、京都大学の学長をしていたように思う…。
(違っていたらすみません)

…元総長だということだ。



前の京都新聞に、
「京都芸術大学」に名称変更する理由も書かれていたように思うが、忘れてしまった。(>_<)



とにかく、同じような名前になるなあという感想だった。


だから、名称変更は紛らわしいから、しない方がいいのに、と思う派だった。



京都造形芸術大学は、左京区の確か…北白川あたり?
いやもっと端っこの方だったか…「上終(かみはて)町」と言うバス停の名前からして、
京都のはてにある大学というイメージだが…、

一度行ったことがあるのだが、忘れた。(>_<)


ともあれ、わりと個性的な芸術大学で(芸大はたいてい個性的だが)、けっこう色がはっきりしていたという印象だ。



その大学が、もとからある芸大と同じような名前になってしまったら、個性が分からなくなってしまうのでは、
と、漠然と考えていた。

なんで同じような名前にするかな、とも思っていた。

だから自分は、名称変更反対派だったのだが。



そして、市立芸大の方が、造形大の新しい名前が自分たちの大学の名に似すぎているから、
名称変更を求めて、新校名の使用を差し止め訴訟を起こすまでになった。




記事によると、京都市長の門川大作氏が、「新しい名称を再考されることを望む」などとコメントした、
という。


それに尾池和夫氏が反発したという。


「市長は市民全体のことを公平に考え、もめ事は仲裁する立場だ。
『そっち(造形芸大)がやめろ』という市長は問題がある」と述べた。(京都新聞)



公けの(公平な)立場にあるはずの市長が片方をやめろと言うのは、問題がある、と。


うーん…
門川市長…、確かに公的人物だし、コメントするのは…よくなかったのだろうか?



我々一般があれこれ言うのはまったく構わないが、市長が言うとまずいのかな?

それとも、尾池学長が噛みつくタイプの人なのだろうか。



京都新聞のこの記事の最後に、

『「市立芸大は大人として、後輩(造形芸大)をいじめるなと言いたい」と語った。』とある。


別にいじめてはいないと思うが、訴訟問題となり、法廷で争うことになったので、
尾池学長もピリピリしているのかな?

こういうことは、舌戦になるから、ジャブというか、先制パンチ(古いな、どうも)を繰り出してみた、
という感じなのだろうか。


この感じでは造形大も一歩も引かないみたいだ。



私としては、同じような名前が二つも出来るのは、区別がつかないので、
市民になじんで、愛着のある「造形大」の名を残して欲しいと思うのだが。




「京都芸大」名称変更、造形芸大学生に賛否 「反発されてまで」

https://www.kyoto-np.co.jp/education/article/20190909000139




京都新聞のこちらの記事によると、造形大が名称を変更するのは、

「学科構成や教育内容が以前から変わっており、変化に応じた校名変更」 のためと書かれている。



それは合理的な理由だとは思うが、
うーん…
「造形」という言葉が、今の大学の教育内容とはかけ離れて来た、ということなのだろうが、

そういうことではなく、名称として親しんで来た「造形大学」の名がなくなってしまうのは寂しい気がする。



人間の感覚とか感情は、四角四面の測りでは測り切れないものだし、
合理的だからと言って許容出来るわけでもない、「気持ち」の問題が入って来るからだ。



だが、訴訟問題にまで発展したので、この調子では、どちらも引くことはないかもしれない。

尾池学長もかなりムキになっているようで…。


このようなことで大学同士が揉めるのは、残念なことだ。
何とか落としどころを見つけ、解決に導けないものか、早く問題が収まるとよいのだが。

それとともに、名前の問題は、市民感情もあるから、むつかしいと思った。







そして、市立芸大の方は、移転の問題があるはず…

いや、問題はなく、移転も決まっているが、移転先が…うーん…
これも、ねえ…



始め聞いた時はびっくりした。

えっ、あそこに!?と…。


京都駅南?周辺の再開発も始まっていて、京都新聞がわりと逐一報告している。


おそらくあの周辺一帯のイメージアップのためだと思うが、
故・梅原猛氏も、移転を喜び、賛成してくれたと、門川市長が言っていたことがある。


確かにこれからもイメージをアップさせていくのだろう、
でも市民は…

差別はいけない、とは誰もが分かっている。

頭ではとうに理解しているのだ、けれども、差別ではなく区別はある、
とよく言われる。


京都は古い町だから、こういう問題はとても根深くあるのだ…。

それを市長や新聞や、文化人が率先して、移転の効果や利点などを市民に啓蒙することで、
差別問題を克服しようという試みなのだと理解している…。

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