旧石器発掘捏造事件
2020/10/31(2020/10/03up)
「旧石器発掘捏造」事件が起きてから20年が経ったそうだ。
NHK BS、2020年9月15日放送の「アナザーストーリーズ」で、「偽りの"神の手" 旧石器発掘捏造事件」という
特集を組んでいたのを見た。
20年前、自分はこの旧石器発掘捏造にとりわけ興味を持ち、日記にあれこれ書いていたことを思い出す。
(ブログがまだなかったころ)
20年前から、ホームページをやっていたのだ。我ながら長くやってるなと思う。
そのころ、この事件のことがやけに気になり、何度も何度もサイトの日記や、エッセイに事件について書いた。
考古学に興味があったからということもあった。とうとう満足に書けなかったけれども…。
発掘捏造について知ったのは、新聞報道があってからで、それまで「神の手」と言われる人についても、
日本の前期旧石器時代が70万年も遡り、教科書が次々と書き換えられていたことも、知らなかったのだが。
…
https://youtu.be/C0YRa1fi_yw
【現場から、】平成の記憶、旧石器発掘ねつ造~今何を思う~
2019/02/11
「アナザーストーリーズ」では捏造事件を起こした民間の考古学者をイニシャルでFと描写していた。
彼のみに責任を負わせるのは適当ではないと判断したからだろうか。
当時はその人はちゃんと名前も公表されていた。
藤村新一という名だ。
「旧石器発掘捏造」とはどんなものだったのか。
何がいけなかったのか。
日本の旧石器時代は3万年前にさかのぼると言われていた。
それ以前のいわゆる「前期」旧石器時代は日本にはなかったとされていた。
だが東北大学名誉教授の芹沢長介氏が前期旧石器時代はあると主張し、10万年前くらいの遺跡を発掘し、
石器を発見し、それを証明しようとしたが、学界は認めなかったという(石器は自然石や偽石器とされる)。
このことが、東北大学と宮城を中心とした、のちの旧石器発掘捏造の序章であった。
芹沢氏への学界の冷たい反応が、東北の考古学研究者たちとの軋轢を生んだのだと思う…。
芹沢氏の弟子が、岡村道雄らである。
アナザーストーリーズでインタビューに応じていた岡村氏は、そのころは、芹沢先生の主張を何とか証明したいと考えていた。
藤村新一は民間のアマチュア考古学者だった。
宮城県の仙台の近くの生まれ、高校は仙台育英で、
岡村氏は当時、東北大学助手で、75年「石器文化談話会」なるものを誕生させる。
これに加わったのが、アマチュアの藤村であった。
藤村氏は発掘に参加してから、次々に新発見を重ねてゆく。
彼が参加した発掘現場からは、必ず旧石器が見つかった。
始めに4万年前の地層から石器を発見してから、次々と年代を遡ってゆく。
約17万年前、約30万年前、50万年前・・・と。
藤村はやがて「神の手」と呼ばれるようになった。
彼が発掘に参加すると必ず石器が見つかったからだ。
40万年前の地層から石器が発見される…。
仲間の岡村氏たちは、小躍りし、芹沢長介先生の説は正しかった、汚名を晴らせたと喜び、
次々と歴史を変える発見に有頂天になった。
「前期旧石器存否論争は、ここに決着したと言える」
とまで宣言するに至る。
発掘のグループが藤村氏が来る前には何一つ発見出来ず、藤村が来ると石器が出て来た。
藤村が帰ると石器は発見されなくなった。
それを疑う者はグループ内にはいなかった。
ただ誰もが不思議だとは思っていたようだが、(藤村氏が参加した時だけに石器が出るから)
「出るものは仕方がない」「不思議だが実際に出るのだから」と取り合わなかったようだ。
40万年前の地層から石器が出る。それが何よりの証拠となった。
わざと古い地層に埋めて掘り返した、などと思う者は、確かにまさかそんなことはあるはずがない、そう思って当然だろう。
そう思うのが当然だ。
誰も石器を先に埋めておき、それを改めて掘り返している、などとは想像も出来なかったに違いない…。
次々と「神の手」により、急激に日本の歴史はさかのぼり、70万年前まで前期旧石器時代が日本にあった、ことになり、
日本の歴史の教科書は書き換えられていった。
この発見に疑問を抱く者がいないわけではなかった。
「アナザーストーリーズ」で登場していた、竹岡俊樹氏だ。
彼は、発見された石器を詳細に分析し、それが縄文時代のものであること、
その石器が前期旧石器時代の地層から発見されることは、
江戸時代の地層からケータイが発見されるようなものだと主張していた。
だが、藤村氏の発見に異議を唱える竹岡氏のような人は少なく、黙殺された。
考古学界は日本に前期旧石器時代があったことに有頂天になり、狂喜乱舞し、満足な検証もせず、
次々と歴史が書き換えられてゆくことを是とした。
旧石器時代の遺物の検証は難しいという。
発見現場の地層の古さに依存していたという。
古い地層から何か発見されれば、それが古いものだと、無条件に受け入れられたのだ。
だが、あまりにも藤村氏だけが新発見を次々にすることが不自然なのは、
少なくとも発掘に関わった何人かは何らかの違和感を感じていただろう。
疑問を抱いた少数の人が、動いたのだと思う。
私のカンでは、竹岡氏がリークしたのではないかと(ただの推測です)…。
考古学界以外の所では、あれは怪しいと言われていたようだ。
考古学界だけが、日本の歴史が次々と塗り替えられる快感に酔っていた。
旧石器発掘が捏造だったという証拠は、新聞のスクープであった。
毎日新聞のスクープだ。
考古学界から始めに疑問が出たのではなく、新聞のスクープだったことが、学界の腐敗を象徴しているようだ。
腐敗というより、検証という当たり前のことがおざなりになっていたというか、
疑問を感知する能力も、立証する冷静さもなかったというか…。
スクープは今も20年前も同じ手法だ。
藤村氏が現場に来るのを待ち伏せ、夜中じゅう張り込み、ビデオを回す。
藤村氏の参加した発掘現場で動かぬ証拠、ビデオ撮影に成功した毎日新聞のクルーは、新聞記事にする前に、
藤村氏に証拠のビデオを見せた。
藤村はその動画を見て、ひと目で観念した。
「皆々ではない」
「みんな関係ない。自分だけです」
と証言した…。
藤村新一はなぜ捏造したのか。
「プレッシャーがあった」とアナザーストーリーズでは説明されていたが…
東北大学系の考古学者たちは、芹沢長介氏の説を支持したかった。証明したかった。
一番の要因はそれだと思う。
アナザーストーリーズでも当時のことを証言していた岡村氏は、10万年前の地層から石器が発見されることを願ってやまなかった。
芹沢教授の説が正しいと証明するため、石器の発見が是非とも必要だった。
いつしかそれは切実な願いとなっていた。派閥の問題だった…
学者たちの横にいて熱心な議論を聞いていた民間のアマチュア考古学者は、石器が発見されたら…と夢想する。…
自分たちの参加している研究所から、発掘現場から、それが発見されたなら…。
何らかの大発見が欲しい。
発見されたなら、東北の学者たちや発掘参加者たちが喜ぶに違いないから…。
一度発見されたら、次、また次、
皆が喜ぶ顔が見たいから、次々と発見を重ねてゆく。
いや、捏造を重ねてゆく。そうしないではいられない。
皆が期待しているから。
・・・・・・・
私は学生だったか、就職してすぐだったか、東北に友人たちと旅行したことがある。
その時、仙台市へ立ち寄り、素晴らしく良い印象を持った。良い町だった。
捏造が発覚し、その舞台が宮城であり、東北大学であったことに衝撃を受けた。
あの素敵だった仙台が、宮城がまさか発掘の捏造の舞台となり、それがスクープとして新聞沙汰となるなんて、と。
今は、分かる。
純朴な東北人であったからこそ、捏造に手を染めた。
アナザーストーリーズ第3部では、「原人」の存在を信じ、町おこしのため原人に因んだ「原人まんじゅう」などの
土産物を開発し、
町を上げて町おこしの材料にしたエピソードが語られる。
日本に70万年前の前期旧石器が発見されたということは、北京原人より古い原人が日本にいた証拠であったからだ…。
彼らはそれで町おこしを試みた。
夢を見ていたのだ。
「原人の町」として賑わうことを。東北人のささやかな夢だった。
素朴な夢、だがそれはもはや学問ではない…。
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捏造発覚後、藤村氏の関わった発掘現場の遺跡の再調査が行われ、
ほぼすべての現場で捏造が行われたと結論づけられ、ほぼすべての現場の遺跡の指定は取り消された。
教科書も書き換えられた。
現在、論文は英語で書かれるようになり、世界へ発信され、間違いがあれば正されるシステムになっているという。
捏造事件の反省からだそうだ。
岡村道雄氏は捏造発覚後、激しい非難にさらされ、その反省からインタビューにも応じたのだろう。
「アナザーストーリーズ」の番組では、藤村氏本人にも証言の打診をしたが、丁寧に断りの返事をもらったという。
藤村氏は事件後、一時精神病院へ入り、右手指二本を切断したという。・・・
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↓当時、自分の書いたもの(長くなるが)
http://isabeau.d.dooo.jp/fkyoto/netsuzo.htm
「この発掘捏造において、何が最も深刻な問題だったのかというと、
捏造によって偽の歴史がまかり通っていたこと、報告書もなく、考古学協会の認証や学者の間での議論もなかったのに、
その偽の歴史がいつの間にか本物の如く一人歩きしていたことである。
藤村氏のしたことは学問的に許されることではなく、彼の周囲にいた学者たちが、捏造を見抜けなかったばかりでなく、
その発見を徒らにただ賞賛するだけで、吟味、分析、調査を怠った事も許されることではない。
しかし、それ以上にその発見を「日本最古」などというお題目に乗せられて
その魅力に負け、それを既成事実のように理解してしまった誰か、が
最も許されないのではないのかと、私は思うのだ。
藤村氏はとても良い人だったらしい。
藤村氏と接したことのある人は、誰も彼のことを悪く言う人がいないという。
皆一様に良い人だというのだ。
「いい人、としか表現のしようがないほどいい人」なのらしい。
確かに、宮城県というか、地方自治体というか、考古学好きの仲間レベルでは彼はいい人であったことは間違いない。
みな、発掘に協力している人は、大変な努力をしている。
穴を掘る学生や有志の人は、来る日も来る日も石器が出るのを楽しみに、穴を掘り続けている。
学者は一生懸命研究をしている。
ここで石器が出なかったら、みな意気消沈するだろう。
石器さえ出れば、みなの努力が報われる。
自治体も大喜びするだろう。
石器さえ出れば目出度し目出度しだ。
石器が出なければ、みなの努力が全く無駄になってしまう。
だから出した。
みな大喜び。目出度し目出度しだ。
藤村氏のしたことは、皆にとって、とてもいいことだったのだ。
確かに仲間レベル、地方レベルではそうして彼の発見を喜び、いくら彼を神と呼んで崇めても構わなかった。
ただし、それは学問ではない。
一地方での、発見ごっこである。
町おこしのためだったならば、それも構わないと私は思う。
しかし仲間レベルでそのように楽しんでいる間はそれでも良かったが、
ただ、このことをマスコミが記事にし、やがて考古学という学問をも、巻き込んで行った。
本来学問ですらなかったものが、学問のような顔をし、大手を振って、日本の歴史を書き換えてしまった。
これは、許されることではない。
いくらその「発見」が魅力的であろうと、その発見が日本の歴史、世界の歴史までも変えてしまうものであろうと、
それだから信じる、のなら考古学はいらない。
東北が、日本で最古の歴史を持つ事を「信じたい」。
日本が世界で最古の歴史を持つ事を「信じたい」。
それが動機で石器を掘るのは本末転倒である。」
http://isabeau.d.dooo.jp/diary.htm
(日記のトップページ、2001年の欄)
http://mist.in/isabeau/diary2/k0011.htm
随分前に…20年前に書いたものだから、断罪的だ。
どの組織にも言えることだが、自浄能力がなかったということだろうか。
上から目線かもしれないが、学界にはいろんな意見、反対意見をも受け入れる器が用意出来ていなかった、
ということだろうか。
広い視野をもって様々な見解が俯瞰されるべきなのが大きな組織のあるべき姿なのだろう。
歴史の教科書さえ書き換えられていった発掘捏造という事件。
その根幹は何だったのか。
未熟だった考古学界が反省から、新たな道を模索して、地道な研究に戻るきっかけになったのならば、
それは教訓となったのだろう。
派閥の問題…、いつになってもそれは変わらない弊害なのかもしれない。
(参考)
「発掘捏造」
毎日新聞社 著者 毎日新聞旧石器遺跡取材班 2001年(廃刊)