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病草紙

 

Yamai no soshi

 

 

平安時代末~鎌倉初期(12世紀後半) 京都国立博物館

 

 

病草紙は驚くべき絵巻物だ。

 

もともとは六道絵から来ているのではないかと言われる。 

人間の行いを絵にして教訓とし、極楽往生を願うために、あえて人間のネガティブな部分を描いたのではないかというのだ。

 

確かにその通りかもしれない。だが、今日の我々の通念とはかけ離れた、
この「病草紙」の病に対するドライな視点は、今日から見て、戦慄するほどの徹底した冷徹な視点に貫かれている。

 

 

二形(ふたなり)の男

 

 

日本で珍しい、ふたなりを描くこの名高い絵巻を最初に見た時には、戦慄を覚えたほどだった。

 

病草紙の中でも、非常に希少価値の高い部分で、また日本の草紙の中でもめったに見られない絵図ではないだろうか。

 

 

女にも見えた人間を、人々がその人物が酔いつぶれたところで着物を捲り上げ、
そこに男女の性器を見つけて大笑いしている場面だ。

 

男はふたなりだったのである。

 

男女の両性器を持ち合わせている人物を具体的に絵にしているという、非常に珍しい絵だと思う。

 

 

 

この時代、ふたなりという概念があったものなのか、そしてそのような人物がいたのかどうか、
それも不思議でならないが、その人物を前にして大笑いして笑いものにしている人々。

 

ふたなりが「病」というくくりに入れられているのも衝撃ならば、
その病を笑いものにするという当時の人間たちの冷酷さにも衝撃を受けた。

 

 

この「病草紙」とは万事がこのような感じで、病気を徹底的に笑いものにすることで成り立っている。

 

当時の社会において、病がどのようなものであったのか、伺い知ることは出来ないが、
それにしても病という現象を、これほど滑稽に扱っているという衝撃ははかり知れず、
おそらく当初は何らかの意味合いがあって、こういう絵が描かれたものなのだろうが、ちょっと他では見ない類の衝撃だ。

 

 

 

 

 


眼病の男

 

眼病を患っている男が医者に目を見せている。

 

医者は男の目を針のようなもので突き刺し、男の目から血が流れ出ている。

 

その 医者はニセ医者で、でたらめな治療を行ったことで男は目をさらに悪くし、片眼が見えなくなったという。

 

 

その治療のようすを召使?たちが扉の陰から眺めて、 男を大笑いして見ている。

 

男の横で、盥をささげ持つのは女房だろうか、その女性も笑いをこらえられない様子で、
右端で治療の様子を見ている男もにこにこして見ている。

 

 

男の眼病は白内障ではないかとも言われているが、それよりも、
男の災難を周りの人々がこのように笑って見ていることにびっくりする。

 

 

 

 

 

歯の揺らぐ男

 

 

おそらく歯周病であろうと言われている。

 

歯がぐらぐらするところを食事を前に妻に見せている男。

 

大口を開けて、妻に示している姿がユーモラスで、これは素直に笑えるようだ。

 

これは現代にも通じる病気で、病らしい病と言える。

 

 

だが病草紙に登場する病の多くは当たり前の病ではなく、むしろ珍しい、奇病をわざわざ集めたような感じで、
奇病の一覧のような、珍奇なものを見て面白がるという、見世物感覚で作られているのだ。

 

 

 

痔瘻の男

 

 

「病草紙」に描かれる病は、想像の産物であるとか、現実にはない架空の病を扱っていることも多い。

 

法螺話を説話にしたのかもれしない。

 

したがってこのような架空の病を想定してそれを笑う、という形が出来上がったのかもしれない。

 

女が珍しそうに男の尻(から出る排便)をしげしげと見つめているが、
そのような現実にはない、珍しいものを滑稽に見せて、受けを狙う、そんな意図もあったのかもしれない。

 

 

「あるおとこ、むまれつきにて、しりのあなあまたありけり、くそまるとき、あなごとにいでて、わづらわしかりけり」

 

生まれつき肛門がいくつもある男の話だという。

 

 

 

 


口臭の女

 

何らかの理由で口の臭い女のそばで、女官たちがその臭いに辟易して鼻を抑えたり、
指をさしてその女を笑っている。

 

口臭も病の中に含めているのだから、かなり病気に対する考え方が現在とは異なっているようだし、
また、架空でない場合は深刻な病は扱っていないことから、
ちょっとした冗談口のような感じで、これらの症状を病として捉えているのだろう。

 

 

 

 


肥満の女 重要文化財・福岡市美術館

 

 

もと資料の散逸のためか、この部分は福岡が所持していて、

そのほかの京都国立博物館のものは国宝指定だが、これは重文指定のもの。

 

 

肥満は、当時から笑うべき症状だったのかもしれない。

 

人に寄りかからないと歩くこともままならない女性を描いていて、周りのおつきのものは笑ったり、

迷惑そうだったり、その様子を眺める人々もげらげらと笑っている。

 

 

果たして肥満が病に相当するのかが疑問だが、 「病草紙」は、他者と区別されるべき「異形」を、このようにして笑う。

 

笑って馬鹿にしているけれども、その笑いは非常に散文的で、乾いている。

 

あけっぴろげで、正直な人間の反応をあけすけに描く。

 

 

「珍しきもの」として「異形」という存在として病を扱っている。
病は、異形という見世物なのだ。

 

 

病として扱っていいものかどうか分からないものを病としてしまっているが、
とにかく珍奇で、珍しく、面白いものであれば、病と称して列挙したものなのだろう。

 

 

 

 

一説によると、後白河院がこの草紙を地獄草紙、餓鬼草紙とともに描かせ、密かに楽しんだのだという。

 

絵巻のコレクターで、マニアであった後白河院らしいエピソードだ。

そうであったなら、この病草紙の存在も納得がいくような気もする。

 

 

 

 

参考 常識として知っておきたい日本の絵画50 2006年 佐藤晃子 河出書房新社

 

   小学館ウイークリーブック 週刊日本の美をめぐる48 地獄草紙と餓鬼草紙 2003年

 

 

 

 

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