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狩野永徳

08/10/25

2007年10月16日〜11月18日
京都国立博物館

最近では、伊藤若冲の展覧会並に話題になったのがこの永徳展。

博物館側でも相当力を入れていたが、その甲斐あって大入りで、盛況だった。

狩野永徳の「洛中洛外図屏風」を始めとして、国宝の「檜図屏風」、「唐獅子図屏風」、里帰りのもの、さらに新発見のものなど、永徳の代表作品が一堂に会した。

大変贅沢とも言える、一大イベントとなった。

 

第一室には大徳寺・聚光院の襖絵がかかる。

これは国宝だが、劣化を避けるため、近年デジタル複製がされ、お寺にはその複製が常時飾られている。博物館では今回、その本物を展示した。

展覧会に入るといきなりこの墨絵がある。すごいインパクトがある。

枝に勢いがあり、筆が瑞々しい。

ひとつひとつの枝が生きていて、まるで物を言っているように生々しい。

墨絵でこれほどの躍動感、生命感に満ちた絵があるとは。

画家の描く喜びというべきものに溢れていて、それを隠すことが出来ずに噴出しているという感じだ。

まず、この第一室で永徳の実力や、筆力をいやというほど感じた。

いくつかの部屋に分かれている展示室の真ん中あたりの部屋に、「洛中洛外図」がある。

客の殆どの人が、これが目当て。米沢へ行けば、がらんとした所で見放題ということだが、京都に来ることは滅多にないからか、京都人はひたすらこの絵の前で動かず、見入っている。

今日では、この作品は永徳作品だとほぼ決定しているらしいが、誰の作品であっても、楽しい絵であることに変わりはない。

小さく描かれた登場人物たちの、それぞれのしぐさや装束が面白く、見飽きない。のだが、人物まではよく見えない。

ガラス張りの上に人が沢山いるから、満足に見られないのだ。

それでも金閣寺や南禅寺、清水寺などを発見して喜ぶ。

 

ほかに、新発見の「洛外名所遊楽図屏風」というのが、近くに展示されている。

これは洛外の宇治と嵯峨野を主題にした、四曲一双の作品で、永徳作品だと正式に認められたものらしい。

例によって、展示では細かすぎて分からないのだが、雑誌に載っているクローズアップを見ると、確かに「洛中洛外図」とそっくりのテーマが出て来る。

これが「洛中洛外図」の作者の作品であることは疑いがないだろう。

というわけで、この作品もとても興味深いものだった。返すがえす、近くににじり寄ってじっくり見られなかったことが残念だ。

この、風俗画のコーナーではほかにも「吉野山風俗図」など、楽しい作品が並んでいて、この手の物好きにはたまらないコーナーだった。

 

最後の部屋に唐獅子図と檜図が向い合わせになるように展示されている。

檜図は素晴らしい。異様に大きい檜が画面一杯に、問答無用で描かれる。その迫力に押される。エネルギーに圧倒される。

主題など分からなくても、どんな絵なのかと考えなくてもいいのではないか。迫力さえ伝わって来たならと思う。

 

途中に永徳の手紙や下絵などが展示されているコーナーがあり、この檜絵の下絵らしきスケッチが楽しい。

手紙では豊臣秀吉に仕事を依頼されて忙しくてどうもならん、という泣き言が書いてあるのが興味深かった。

 

唐獅子図は事前に大きい大きいと聞いていたが、実物を見るとやはりべらぼうに大きい。

これは、普通の屏風より明らかにサイズが図抜けて大きいからだろう。

もともと屏風ではなく、障壁画として描かれたともいう。それでべらぼうなのだろう。

一幅しかないというのも不自然だ。

とにかく大きくべらぼうなので、大きいもの好きの秀吉など、さぞ喜んだだろうことが目に浮かぶ。

永徳の絵は、エネルギッシュであると同時に、とても分かりやすいと思った。

むつかしく考えることも、深く考えることも要らない。見れば分かる。

「唐獅子図」などの権力者の好みに合わせた大雑把な絵もあるが、見るからに画家としてのセンス、才能に溢れ、大胆で、自信に満ちて、画家として最高に才能を発揮した天才だったと言えるだろう。

京都の人は「洛中洛外図」を見るのだけが目的で、それだけ見たら満足だったみたいだが、現金な奴ら(失礼)だ。

 

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