Exhibition Preview

プライスコレクション
若冲と江戸絵画展

2006年9月23日〜11月5日
京都国立近代美術館

06/10/26

東京で先に開催されて評判だった、アメリカのコレクター、ジョー・プライス氏の江戸絵画コレクション。

伊藤若冲は相変わらず人気があり、なぜかブームになっている。なぜだか分からない。おそらくはフェルメールと同じく一過性のものだと思うので、すぐに忘れ去られるだろうけれど。

この絵画展は、プライス氏のコレクション約600点の中から若冲を中心とした100点余を展示するもの。

端的に言ってこの絵画展は、持ち主の趣味・意向・個性が非常に色濃く現れた、それでいて、単に頭でっかちなだけでない、すぐれた展覧会だった。

あまり期待していたわけではなかったから、よけいにその素晴らしさに目を見張ったと言えるかもしれない。

展示は章ごとに分かれており、「正統派絵画」「京の画家」「エキセントリック」「江戸の絵画」「江戸琳派」という章立て。

そのほか「親と子のギャラリー:鬼と江戸時代の動物たち」という特集と1階のロビーに自然光で特別展示されている「十二ヶ月花鳥図」の揃いという構成だった。

まず3階へ行き、これでもう終わりか、とがっかりしていたら4階があった。4階からなぜか常設展示フロアの中を歩いて「親と子のギャラリー」へ行く。それから1階へ降りてロビーへ、というかたちだった。

ところどころガラスケースが外され、じかに屏風などの展示品を見ることが出来たのは、持ち主のプライス氏のはからいだということだ。

以下、気に入った作品、記憶に残った作品をアトランダムに書いていこう。


長沢芦雪

渡辺始興という名前は最近覚えた。

彼の「鯉魚図」は登竜門としてお馴染みの鯉の滝登りを描いたもの。

墨絵で鯉をアップで真正面から描いた。大雑把な筆遣いがよく分かる、気持ちのよい作品だ。

「簗図屏風」は東京ではライトが変わる展示をされていたと思う。


芦雪 孔雀図

長沢芦雪は最近好きになった。

奇想の画家といわれているそうだが、動物を描くのがうまい、という印象がある。

よくある画題の「猛虎図」の虎もいい。

「白象黒牛図屏風」は、大胆な構図で、白象と黒牛の巨大さを強調した作品。
白象の背中にからすを描き、黒牛のおなかの下に子犬をあしらって、さらに巨大さをアピールしている。
子犬が踏まれてつぶれないかと心配だ。

芦雪にはユーモアというか、ゆとりが感じられる所が好きだ。

白象は、養源院の宗達の板絵を参考にしたのかもしれないと思った。

展示が、幽霊図、美人図、動物なら虎、猿、ときちんとまとめて展示されていたのは分かりやすい。

猿は猿候図として、目出度いものとしてよく描かれたようだが、私は猿が苦手なので作品前をさっと走りすぎた。


紫陽花双鶏図

伊藤若冲のコーナーでは、さすがに粒よりのコレクションがつづく。

「葡萄図」は、鹿苑寺(金閣寺)の襖絵にそっくりであるから、その頃の作品だと思う。

葡萄を描く伝統も日本画にあると思うが、若冲のそれは墨絵であるのにカラフルで、墨の強弱のつけ方が見ていてとても快感だ。
プライス氏の葡萄図は、葡萄のつるがまるでマジックハンドのようなところが面白い。

「雪中鴛鴦図」は様々なバリエーションがあるが、若冲の中でも好きな絵だ。唯一、絵葉書を買った。

おしどりは、普通つがいで仲良く描かれるべきなのに、若冲のそれは、なぜか雌が池の中に頭を隠す。フロイト的な分析をしたくなる作品だ。

華麗というよりもギタギタと脂ぎった「紫陽花双鶏図」もいい(近くで見ると彩色がきれいなのだが)。

鶴が卵にメタモルフォーズしてしまったという墨絵の「鶴図」もいい。「芭蕉雄鶏図」の芭蕉の描写もいい。

最晩年の絵という墨絵「鷲図」もいい。波の形、鷲の造形、ディテールが独特だ。


鳥獣花木図屏風 この絵についての考察はこちら

そんな中に、「鳥獣花木図屏風」もあるが、これだけが浮くこともなく、意外とすんなり周囲に同化しているのは不思議な気がした。

よく見ると動物の色の塗り分け方がパターン化している。

限られた色を使っているので、この部分は何色、という風に指定して塗っていったのだろう。

私自身はこの絵は若冲ではなく、最低でも何人かの手が入っていると思うので、この塗り分け方は納得出来た。
つまり、この色は誰が塗る、という風に色によって手分けして描かれていると思う。

描かれた時期は、キャラ化されたような省略した動物の描き方が、昭和の絵本に出て来るような感じなので、昭和20年代だというふうに推測した(笑)。


次に公開される九州の博物館のチラシ

 

最後に江戸琳派のコーナーがあった。思いがけないことで嬉しかった。

何よりも、酒井抱一と鈴木其一の作品が数多く出品されているのが嬉しい。しかも、両者のとてもよい作品ばかりである。

というか、私は抱一と其一の区別がつかないほどの人間で、彼らが特に好きだというわけでもなかったのだが、この展覧会に出ている彼らの作品は、とても分かりやすくてとても好感度の高い作品ばかりだ。

こうして、日本画がトータルで展示されている中で江戸琳派を見ると、琳派がどういう絵なのかがよく分かる。

 

抱一は、一般的にはお上品で破綻がなく、今ひとつ取っ掛かりがない、と思われていると思うが、実物を間近に見ると、その破綻のなさと上品さがとても気持ちが良い。

ごつごつした、過剰な自己主張や自己満足的ないやらしさがないからすっと心に入って来る。
だからこそ、床の間などに何気なくかけておくのにぴったりなのであろう。


抱一 十二ヶ月花鳥図/5月・8月

 

1階へ降りたら、ロビーに抱一の「十二ヶ月花鳥図」が掲げられている。チケットを見せたらロビーに入らせてもらえる。

そこには、自然光で、人工の明りをいっさいつけず、四季の掛け軸が全部まとめて掛けられていた。

天井の高い、広いロビーにジグザグ状に壁が作られ、そこに縦長の窓がそれぞれ取られており、その90度横に障子がはめられ、前に小さく畳が敷かれ、床の間のようにしつらえられている。それが12個あり、そこにそれぞれ、掛け軸が掛けられているのだ。

窓が大きく取られ、光はふんだんに入って来る。もちろんガラスケースはない。

そのまま、畳に上がって軸の前に座りたい雰囲気である。

 

普通、掛け軸は季節のものをその季節に掛けるものだろうが、こうして12幅を一度に掛けてあると、かえって季節感がクローズアップされると思う。

季節の移り変わりが、描かれている草木によって感じられるのだ。

もちろん、描かれている草木は日本画によくあるありきたりの画題で、写生ではない。

けれども、杜若や、藤や、梅、桜、桔梗など、季節の花々を見ていると、それらが季節そのものを表わす典型として我々が認知する印なのだということがよく分かる。
そして、それが印だからこそ、日本人がそれを見てしみじみと情緒にふける。

 

軸一幅で見ると、単にお上品なだけの絵に過ぎないかもしれない花鳥図が、ずらりと揃っていると途端に意味を持ちはじめ、生き生きと季節を主張し始める。

そんなしゃれた、またとない経験をすることが出来た、大変すぐれた展示だった。

 

抱一ではほかに、三十六歌仙の和歌を四季草花図に貼った華麗で粋な屏風があった。

その三十六歌仙の歌人たちを一堂に描いた屏風とともに、琳派らしいディレッタンティズムに溢れた作品で、家に持って帰り、毎日少しずつじっくり眺めていたいと思ってしまった。
美術館に置いておくのは勿体無い。


其一 漁樵図屏風
これが其一?という謎の絵

扇面貼交ぜ屏風は、扇面のレイアウトに作者のセンスが表われると思うが、鈴木其一の屏風は実に粋で、これも持って帰りたいと思った。
そうしないと、扇面の絵を、美術館で観覧する短い時間ではとてもいちいち楽しめないからだ。

 

其一の「群鶴図」が展示されていて、あれっと思った。

どこかで見たことがある。

それもそのはず、光琳の同じ絵の模写である。ほとんど光琳と同じなのだが、色合いが少し明るい。

琳派がいかに先達の模写というか、リスペクトというか研究をしていたかがよく分かる。


其一 柳に白鷺図
とても華麗で、不思議な雰囲気の図

 

中村芳中まであるのがさすがだと思う。また河鍋暁斎もあり(面白い絵だった)、曽我蕭白の「寒山拾得図」まであるのが抜け目がない。

個人のものとしては、というか、個人でなくても日本画のトップ・コレクションだ。

しかも、コレクションにはコレクターの明確な意志と好みがあり、それが如実に展覧会にも反映されている。

つまり、その絵が一般的に評価されているから集めるのではなく、また画家が有名だから集めるのでもなく、ただひたすら自分が気に入った絵を集める。それだけなのだ。

そしてその態度が貫かれている。

プライス氏が集めた絵は、誰にでも分かりやすい。

分かりやすい、ということがコレクションのキーワードだと思う。

例えばおたふくの絵がいくつもあったが、普通ならば(普通の日本人のコレクターなら)、このような絵は多分買わないだろう。

達磨と遊女が衣服を取り替えて着ている図なども、日本人なら目もくれないと思う。

けれども、面白いから買う。好きだから買う。

その、絵に対する無邪気で真摯なありかたが、素晴らしいし、新鮮だ。

 

コレクションを見ていると、楽しい。

そして文句なく面白い。

日本画って、こんなに面白く楽しいものだったのかと、あらためて思う。

それはプライス氏が愉悦をもって集め、楽しみ、そしてそれらを慈しんでいるからだろう。

それらの中に「鳥獣花木図」もあるのであり、それは、プライス氏のコレクションのひとつとしてこよなく愛され、慈しまれている。
それが、誰の作品であっても最早問題ではないのだ。

面白いから好きだ、と、それに尽きるのだろう。


*ただし、「鳥獣花木図」が若冲作ではないと判断されたからと言って、貸し出しを拒否するのはよろしくないと思う。

若冲と琳派(京都高島屋)、 琳派[(細見美術館)

常設 特集陳列 伊藤若冲(京都国立博物館)

相国寺・承天閣美術館

もっと知りたい若冲(本の紹介)

若冲のモザイク画の謎(エッセイ)

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