Exhibition Preview

正倉院展

2005年10月29日〜11月14日
奈良国立博物館

05/12/15

毎年秋に奈良国立博物館で開かれる正倉院展に、何十年ぶりかで行って来た。

正倉院展が公開される時には、ひごろは納めてある宝物を、倉庫から(正倉院…現在は、別の倉庫で管理されていると聞いたが…)展示のために取り出す際に、神主(?)のような人がご祈祷してから取り出すという。無事に事が済むようにということらしい。
ものものしいというか、もったいつけているというか、やはり昔の宝物らしく、何事も形式を踏んでからというくらい、神々しいものだということなのだろう。

いや、正倉院宝物というのは、皇室(宮内庁?)の所有物であり、だから、特別扱いなのらしい。本来なら国宝級だが、だから指定はされていないという事を聞いた。
つまり、あの膨大な正倉院の品々は、何の指定もされていない。もし指定されていたら、奈良県がだんとつで国宝所有率日本一になるだろう。

というくらいの、正倉院の宝物である。

毎年、その年のメインが出品されるが、それが毎年違うものである。よほどの数の宝物があるということだろう。

今年は、碁盤と碁石がメインであった。

それと、もうひとつは見ている皆が「孫の手だ」と騒いでいた、儀式に使うらしい彩色を施された杖であった。
これは、見た目が本当に孫の手そっくりで、繊細な模様が描かれており、豪華な孫の手、という感じなので客に受けていた(チラシの画像参照)。

 

とにかく人があまりにも多い。考えられないほどの多くの人がつめかけていた。
近畿地方だけではなく、バスで観光にやって来た観光客も多くいた。
あらためて、正倉院展の人気ぶりが伺われた。大変な人気であった。

山のようなガラスケースの前の人垣を掻き分けながら、何とか展示品を見て来た。

あまりの人にくたびれて、書物や書面、つまり書き物類はすっ飛ばした。
見ても何が書いてあるか分からないし、値打ちも分からない。
もしかして聖武天皇直筆の大仏建立詔、とか、最古の古事記、なんかが展示されていたかもしれないのに、飛ばした。

見て来たのは、儀式か、お祭りで使う仮面とその衣裳とか、箱とか、水差しとか、そんなもの。

仮面は、布で出来ていて、それを顔にかぶる。目の部分に穴が開いている。
穴のあいた手ぬぐいのようなものだが、よくこんな千年前の手ぬぐいが残っているものだと感心する。

衣裳は当たり前のことだが天然繊維だ。これも千年前のものだから、そのボロボロぶりと、それでも保存され、こうして伝わって来たことに感動する。

正倉院展の感動は、おおむね、この約千年も前のものが今作られたかのように鮮やかに、ビビッドに残っている、ということの感動だと思う。
そこにみんな感動し、それを見たいと思うのだ。

私が何十年か前に行った正倉院展では螺鈿細工だったかの琵琶が目を惹いた。鮮烈に覚えている。忘れようとしても忘れられない。それほどすごかった。
今回は、碁盤だ。

黒に塗られた盤に、金の線が引かれている。碁盤だけでなく碁石も残っている。
この碁石がすごい。

黒と赤だ。
実物は赤というより、退色して牡丹色というか、少し桃色系に色が褪せていた。
この黒と赤の碁石に、それぞれ絵が描かれている。チラシの写真にも出ている、鳥の絵だ。
その鳥にも彩色がしてある。

ほんの1センチほどの小さな碁石のひとつひとつに、彩色した鳥が描かれているのだ。
これが感動しないでいられようか。

翻ってみれば、このような贅沢な品の数々は、当時の天皇、天皇家が金にあかせて作らせたものであろう。
天皇家は目の眩むほどの贅沢三昧をし放題だった。
そして、その他の庶民は、貴族のこのような贅沢のために、食べるものも食べずに働いた、貴族の奴隷であった。

というような共産主義的正義観が一瞬頭を掠めもするが、それよりも、やはり千年保存され、大事にされ、元の形のままで伝えられて来た、ということの方に感動が行く。

贅沢三昧であると同時に、それらがその時代においても大変貴重であり、類を見ないものであり、疎かにされるものではなかったことが分かる。

渡来品も数多くあり、当時の日本が驚くほど大陸をはじめ、各国と繋がり、開けていたことも分かる。
そして、その大陸の各国が、正倉院に入った文物から、どれほどの文明があり、高度な文明を持っていたかが分かる。

正倉院展は毎年行われているのに、それでも毎年、判を押したように人が群がる。

けれどもそのわけが分かって来た。
正倉院は、ロマンなのである。日本人の果てしのないロマンなのだ。


重要文化財なのに…

奈良国立博物館の本館は京都国立博物館や赤坂迎賓館の設計者、片山東熊だが、奈良のこの本館の玄関口には、へんな屋根やらアーチやらをくっつけて、せっかくの美しい建物を台無しにしている。

現在、奈良博物館は別館の新しい正倉院造り(?)のものの方がメインで、特別展示はすべて別館で行われ、本館のこちらは常設展などを展示しており、いかにも軽く、いい加減な扱いをされているのがありありだ。

奈良国立博物館は、京都のよりも設備が整っており、大きくて大掛かりで立派で、売店も大きく、客もはるかに多い。
京都の国立博物館は、奈良に比べれば何となくちっぽけで、展示品も見栄えがせず、人が少なく、というかまばらで、ひっそりしているという印象なのだが、その代わりに、美しい建物は、東山を借景にしてこよなく美しくその存在感を発揮し、オーラを放っている。大事に保護されているのだ。

それなのに奈良のこのアリサマは何としたことか。サブとは言え、美しい建物を隠すようなアーチ。あまりにもぞんざいな扱われ方だ。
奈良は古代には優しいが、近代には無神経だと言わざるを得ない。
レトロ建築ファンとしては、無念でならぬ。ええ悔し、ああ悔し。
奈良は何も分かっていないのではないか。バチが当たるぞ。

ということで、次回一緒に行って来た興福寺北円堂と国宝展へ。今回間に合わず。

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