Book Maniacs

河出文庫

郵便配達夫
シュヴァルの理想宮

岡谷公二

2001年

河出書房新社

06/5/31

郵便配達夫・シュヴァルの不思議な「城」については、ずっと昔、澁澤龍彦の著書で知った。

掲載されていた写真を見て、変な建物だなあ、この建物をたった一人で建てたのか、変わった人がいるのだなあ、こういうのを探して来るのが澁澤は得意だなあ、と当時、思ったのを覚えている。

 

そのシュヴァルについて、詳細な調査と研究(?)をして紹介したのがこの本。だから私にとって、なぜか懐かしい気分に陥る本でもある。

本の最後の参考文献で澁澤の名前が書いてあるのは当然だろう。しかし澁澤自身も、この建物については、フランスのシュルレアリスト(おもにブルトン)が騒いでいるのを日本に紹介したに過ぎない。

この摩訶不思議な建物をシュルレアリストが面白がるのは、ごく当然の成り行きだっただろう。

何しろ、平凡な田舎の郵便配達夫が、その郵便配達の合間にこつこつと石を集め(何十年にもわたって)、その集めた石で、「城」を建てたのだ。
しかもその城ときたら、奇妙奇天烈もいいとこの、形容しがたいほどの装飾に満ちているのだ。

地元(オートリーヴというフランスの田舎らしい)では、シュヴァル氏がこれを建造中には、狂人だとか、変人だと囁かれていたそうだが、出来上がってしまうと、これを支持する人もいたりして、結構、観光地として繁盛し始めたようだ。
出来上がったあと、シュヴァル氏は、ここで観光案内などをしていたらしい。

そしてついに1969年になって、建物の劣化が進んできたこともあり、国家が重要建造物として指定したらしい(アンドレ・マルローの意志らしい)。要するに、日本の重要文化財のようなものになったようだ。

 

シュヴァルは1836年生まれ、1879年に、郵便配達をしている途中で石につまづいた時から33年かけて、「理想宮」を建設した。

この本を読んではっきり分かるのは、シュヴァルは、今でいうオタク、完全な建物オタクだったということだ。

とにかく、小さなことをコツコツとすることが好きで、回りからどう見られようが気にしない。自分の好きなことだけをやり続ける。引きこもりがちだが、身分は郵便配達夫という平凡な地方公務員。

「理想宮」のあちこちに、自分の好きなモニュメントやモチーフを散りばめ、世界中の建物のミニチュアまでを飾りつけている。
(ヒンズーの寺院やアメリカのホワイトハウスまで作ってある。もちろんミニチュアサイズ)

もしかしたら、自分流の豪華なドールハウスを作りたかったのかもしれない。ただ、この理想宮は、内部までごちゃごちゃしすぎていて、実際には住めないのだという。

アマチュアで自分の家を手作りしてしまう人は、多分世界中にはいることだろう。
だが、シュヴァル氏が特異なのは、その作り上げた建物がちょっとキッチュで、シュルレアリストが喜びそうな、ある種の「毒気」というか、笑ってしまうような幼稚さというか、それを大真面目に何十年もかかって作り上げてしまう、馬鹿げた律儀さというか、そういうところがあるからだろう。

 

澁澤龍彦の著書を大昔に読んだ時は、神秘的で幻想的な物件、と感じたが、あれから何十年も経ってようやく実像を暴かれた理想宮は、実はかなり情けなく笑えるしろものとして私の目に映った。

だが、だからといって、はじめに知った時の驚きや、感嘆が薄まったわけではない。どこか笑えるからこそ、すごいのだ。

澁澤は実際にこの理想宮へ行って、見たことはなかっただろう。だがこの本の著者は行って見て来てしまった。それもすごいことだ。

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