NHK出版 生活人新書
旧字力、旧仮名力 青木逸平 NHK出版 2005年 05/7/31 |
夏目漱石の小説はたとえ「坊ちやん」であれ、旧かな・旧漢字で読むべきだと思っていた私は、つねづね体系的に旧漢字を知りたいと思っていた。
旧かなにしても、いくら現代人でも旧かな使いくらいは読める。読めるけれども、法則が分からない。
例えばえとゑ、いとゐはどういう風に使い分けるのかがよく分からない。
この本は、旧かな、旧漢字を開けっぴろげに賞賛している本である。
これはいい、おあつらえ向きではないか、と思って早速買った。しかしこれは読み方テキストのような本で、ひたすら例題を挙げてこれはどう読むか、というだけの本だった。
私としては、旧かなの法則性を知りたかったのだが、何となく解説はされているような気もするが、よく分からない。
ざっと読んだだけでは頭に入って来ない。
すでに、学習することを忘れた頭では、改めて何かを頭に入れることが出来ないのだ。
学校の授業として、この本をテキストとして国語の時間に取り入れらていたならば、多少は身に着いたかもしれない。ゆとり教育を見直すならば、こういう学習を取り入れてもいいのではないか。
こういう本が発売されるということは、日本語が見直されていると言うことだろう。
ブームがここまで来た、ということかもしれないが、知っていて損なことは絶対にない。
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旧漢字については、学生時代、岩波文庫を読んでいると、説明無しに旧かな、旧漢字体の表記であることがよくあった。
漱石の昔に出版された本なども旧かな、旧漢字だった。そういう時、私は見当をつけて、自分の推測で文章を読んでいった。
むつかしい字なので、最初は何と読むのかさっぱり分からない。
けれども同じ字がもう一度出て来ると、文章を読んで前後の関係から、どう読むのか見当がつくのだ。
また、熟語が出て来ると、そのうちのひとつが読めなくてもおよその見当で理解出来る。そのようにして、旧漢字を読んでいった。
私が最もむつかしくて、なかなか読めなかった字が「画」という字。これは、「書」という字とつい混同してしまい、読みにくかった(「昼」とも似ていた)。
新字になると、何のことを言っているのか分からないが。
旧漢字を読む楽しさは、私にとってはこのように、自分で見当をつけて推測するという楽しみだった。
最近の人は、何でも人に頼り、自分で分からない事は人に聞き、自分で調べようとか、自分で努力しようとしない。
旧漢字は、そういう努力を思い起こさせるという点でかなり高得点な字だ。