Book Maniacs

岩波新書

東京遺産

2005年

森まゆみ

岩波書店

05/8/20

ちょっと驚いたことに、今回このコーナーに、はじめて岩波新書登場である。

岩波新書は、誰もが学生時代にもっともお世話になる、教科書の副読本的な位置付けの本だ。だから、学校を卒業してしまったらちょっとお堅いといって敬遠したくなるのもまた道理。
だけれども新書の老舗であって、今も新書界でゆるぎない権威を誇っていることは変わらない。

岩波新書はむつかしい、という先入観は今もあるが、昨今のものはなかなか読みやすいものもある。そんなわけで私のライブラリーにも岩波新書は増え続けているのだ。

 

さて、「東京遺産」という。

東京という都市は、なぜこれほどまでに過去を容赦なく破壊し、簡単に捨て去り、常に更新し、変わり続けようとするのか。

それは、東京は、「東京(日本)であることが嫌い」だからだ。
「東京はロンドンやニューヨークでないことに我慢ならず、東京が東京でなくなるまで破壊を止めない」(「模倣される日本」)のだ。

また、東京に集まり、東京に住む人間は地方出身者がほとんどであり、彼等は東京という土地に何の思い入れもないから、どれだけ破壊してもいっこうに気にしない、という指摘もある。

だが、東京で生まれ、東京を故郷としている人にとってはどうか。故郷が、他人の手で故郷でなくなってゆく、そのことに対して、彼等はどう思っているのか。何も思っていないのか。
そんな疑問に答えているのがこの本だ。

「たまたまそこに生まれ育った私のような人間にとっては東京は暮らす町であり、…(中略)人びとが関係を作り、思いやりあって生きていくには、東京が生き馬の目を抜く競争社会だけであっては困る」。

そういう思いから、著者は、東京の名建築の保存運動に、積極的に関わってゆく。
この書は、その保存運動の経緯と、運動によってどのような建築が残されたか、そしてどのような運動を展開したか、そのノウハウを事細かに記して、東京だけではなく、全国の保存運動に示唆を与えている。
東京は、破壊がどこよりも進んだがために、保存運動においても先進の都市なのだ。

地方にも広がっている景観破壊に対して、彼女たちが先駆けて起した行動はよい指標となるだろう。

著者が関わった保存活動によって残された建築には、上野奏楽堂、東京駅、岩崎久彌邸などがある。どれも、消失していたらどれほどの損失になっていただろうか。

残し得なかったものもある。同潤会アパート、サトウハチロー邸など。
谷中の五重塔のように、焼失して建て直すことが出来ないものもある。
高層マンションによる景観の破壊は、全国的な問題になっている。

著者は、ただ、失われてゆくものを手をこまねいて見ているだけでなく、具体的な行動を起し、肩ひじの張らない保存運動を心がけていることが立派だ。
彼女の発言は全国的にも、日本の景観を守るうえで役に立つだろう。

考えてみたら、東京には驚くほど戦前の洋館が残っている。
震災や、戦災にも耐え抜いて、生き残っているものがあるのだ。
それら、そして世に知られていなくとも今に生き残った、無名の戦前建築こそは「東京遺産」として残して欲しいものだ。

「東京人」東京・なくなった建築

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