Book Maniacs

洋泉社の新書y

江戸の男色

2005年

白倉敬彦

洋泉社

05/7/5

全国の好き者の女史諸姉にはまことにぴったりの読みものが発売された。これを、好き者の代名詞のような私が買わいでか。
好き者と自負する女子であるならば(私以外にいるのか)ぜひ1冊、座右の書として買い求めるべきであろう。

 

初めタイトルを読んで、江戸時代の男色風俗と、その変遷とか歴史を書いたものなのだろうと想像し、中身までは見ることなく、タイトルだけでそそくさと買った。もちろん、他の書物と一緒に紛れ込ませて。

ところが、家へ帰って早速読んでみると、初めこそ想像したような歴史的なことが書いてあったが、そのあとその中身のほとんどは、実は江戸時代に発売された艶本に添えられているイラストの詳細な紹介なのだった。
本の80%は、挿絵だと言ってよい。

帯をよく読めば、確かに『「男色図」100点!』というエクスクラメーションマーク入りのキャッチが書かれてある。
このキャッチは一体誰に向けて書かれているのだろう。私のような好き者か。男色図を見て喜ぶような現代日本人が私以外にいるのだろうか。

そのような疑問が溢れ出たが、それはともかく、これは、そのような驚異の本なのである。

 

男色図と簡単に言っても、かなり露骨だ。浮世絵に春画というジャンルがあるが、それの男色版だと思えば良い。
昔は春画も規制があって、決して一般書店で売られていることはなかった。けれども、その規制がいつの間にかあるようなないような、全然なくなったようである。
それで、男色図もそのものずばりの、露骨なこのような図が解禁となったらしい。

とは言え、昔のことであるから、オールヌードのものはなく、みな着物を着ている。着物を着て、下半身だけはだけている。
浮世絵の画風で、現代の漫画に近く、それも劇画風のリアルなものではない。
そして登場する人物は、うりざね顔の日本人、ちょんまげ姿と下膨れのお稚児さんばかりだから、萌えというか、ヌキ要素はあまりないのだ(下品で失礼します)。

現代のボーイズラブ系の漫画の、詳細で、ストーリーもあり、微に入り細を穿った描写に比べれば、何ということのない他愛のない一枚絵ではあるのだが、それを楽しむことこそが好き者である所以だ。

中には有名な菱川師宣といった一流の浮世絵師の絵もある(師宣のものは、あまり露骨でなく上品だが)。

 

もちろん歴史的なことも概観してある。

男色は、もともと京・大坂の上方で始まった。それが江戸に移入され流行るようになり、やがて舞台に出る役者は男性に色を売るばかりではなく、女性相手にも売色をするようになった。
それと共に男性相手の男色は廃れていく。

江戸における男色は一種の流行りものの風俗で、言ってみればある時期ノーパンがはやってすたれた、ようなものだったのだろう(ホントか)。
そこに、男性同士が交わることに対する禁忌とか、差別はない。

男性同士の交りが侮蔑の対象とされ、差別され、特殊な目で見られるようになったのは明治、いや、厳密に言えば戦後になってから、なのだろう。

江戸時代以前は男色といえども性愛の一つのかたちにすぎなかった。日本人は大らかだったのだろうか。

*

ところで何といってももっとも素晴らしく、貴重で、見事なのが、一番初めに紹介されている「稚児乃草紙」の一枚だろう。

「稚児乃草紙」は稲垣足穂も著書で紹介していた、京都・醍醐寺の三宝院に伝わる秘本中の秘本である。

男色文献のルーツとして、その中の一枚だけが紹介されているが、約700年前のその絵は、江戸時代の浮世絵のすべてを束ねてかかってもかなわないだろう、と思えるほどの完成度である。
この「奇跡」を目にするだけでも、この本の価値がある。好き者大満足である。

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