Book Maniacs

小学館文庫

逆説の日本史3
古代言霊編

井沢元彦

1998年文庫初版
2003年13刷

04/7/31

ますます図に乗る逆説の日本史シリーズ。今回もかなり重要な、かなり目からウロコの古代史の謎を扱う。

謎というよりも、従来は疑いもされていなかったことに、スポットライトを当てる。その、ライトの当て方が、何と言っても大向こうを唸らせるような、ケレンたっぷりの技である。

道鏡と称徳天皇、平安遷都の本当の理由、そして万葉集と言霊の世界を扱う。

 

最初の道鏡と、称徳(孝謙)天皇編。この二人が愛人関係にあった、と昔からいろいろ言われて来たというのは、いかに歴史に疎い私でも、聞いたことがあった。
曰く、道鏡の巨根が称徳天皇(女帝)を魅了したと。
道鏡は日本のラスプーチンと言われ、巨根のシンボルのように言われて来た。称徳帝はまるでロシアの女帝エカテリーナのような言われ方だ。

この従来の説に、井沢が真正面から挑む。道鏡は本当に「巨根」だったのか?

女帝は一度退位し、そしてもう一度天皇の位についた、このような異例のことはなぜ行なわれたか、それと、道鏡の重用とどう関連があるか。もちろん、あるはずだろう。

論理的に突き詰めて行けば、なるほどと思えることが、今まではヴェールにかかったまま、問題とさえされて来なかった。
その病巣を辿れば、天皇崇拝の歴史観に行きつくだろう。

明治時代の、富国強兵による天皇崇拝の思想である。
韓国を征服した(ことになっている)天皇は英雄であり、僧の分際で天皇の位を奪おうとした者は大悪人であり、どれだけ侮辱してもあきたらないという、万世一系の天皇崇拝の皇国史観である。

戦後の歴史解釈が、天皇崇拝のヴェールをはぎとったにも関わらず、あらかじめ形作られた先入観から逃れられていないというのは、いっそ驚くべきことのように思う。

ただ、明治時代の歴史教育は、天皇崇拝であったにせよ、善玉・悪玉がはっきりしており、分かりやすいということでは今より上だ。面白い教育をしていたように思う。

ともあれ、歴史というものが、いかに見方ひとつで正反対の様相を見せて来るものかということに、改めて驚く。

平安建都については、従来から言われているように、「怨霊から逃れるため」だったとしており、この説は、今では広く受け入れられているのではないだろうか。
ただ、桓武天皇にとっては、日本古来の神道も、新しい宗教である仏教も、同じようなものだったというのは、なるほどと思う。
古代の人には、神も仏も信仰に関しては、大して違いがないのだ。現代のように幅広い情報などなく、したがって人の考え方も素朴だったに違いないからだ。

 

もっとも問題作なのが、万葉集に関する言霊編。

ここで「平和憲法」と憲法九条、改憲問題に踏み込んでいる。

私が思うのには、戦後の日本人が平和と言い、戦争を嫌がり、平和憲法と言い、憲法九条を呪文のように唱えるのは、ひとえに戦争に負けたからである。
もちろんそうなのだが、そういう人は、戦争は二度としてはならない、戦争は悪だから、二度と間違いを犯してはならない、という意味で、九条を唱えているのではないと思う(そういう人もいるかもしれないが)。

日本人は、戦争に負けたことを屈辱と思っており、恥だと思っているからなのだ。
戦争をしてはならないというより、戦争で負けた、ということが恥なのだ。だから戦争については何も言いたがらない。

だから軍隊の存在も曖昧にして、何となくあるようなないような、でもあるかもしれない、まああるんだけど、でもほんものの(あの時の)軍隊とは違うからさ、ということにする。そしてそれを最上のあり方だとして、暗黙のうちに日本人全体は了解するのである。
何事もはっきりさせない、というのもまた日本人の特性のひとつだと思うが、それをも言霊で解釈出来るのであろうか。

言霊すべてで日本人を理解出来るかということだけれども、それはともかく。

ここでの万葉集と柿本人麻呂の解釈は、梅原猛の説を踏襲しているだろう。
そういえば、井沢氏の「猿丸幻視行」は、梅原説へのオマージュだったのだから。

総論へ

  inserted by FC2 system