Book Maniacs

トンデモか名作か、それともただのゴミか?

六枚のとんかつ
蘇部健一

講談社文庫

2002年刊

03/8/27

この本を見つけたのはだいぶ以前で、読んだのもだいぶ前だ。
しかし止むに止まれぬ欲求で、とうとうこれを紹介する。
自分の品性を疑われそうな恐怖をも顧みずに。

 

まず、この表題に惹かれるものがあった。

タイトルに数字が入るミステリーは、ミステリーの中でも古典的な手法であって、コナン・ドイルの「6つのナポレオン」とか「5つのオレンジの種」とかを連想させさえするこの本の表題は、ただならぬ気配を本屋の平積みから発散させていた。
しかし、にも関わらず何か邪まで、まともではないと感じる何かをも確かに漂わせていた。

「6枚」のあとの「とんかつ」。
とんかつ、という単語がただならない。
非常に邪悪なものを感じる。

中の目次を見た。

短編ミステリーが10篇以上収録されているという点で私の気に入り(14篇入っていた。他にボーナストラックつきで、正確にいうと合計16篇)、しかも、「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男を読んだ男」などというタイトルのものが収録されている。
これは買うしかないなと決意して、そうして私はこの本と遭遇したのだった。

 

本編を読む前に、作者の後書きを見ると、
最初にこれが出版された時、皆にゴミだと言われたとある。

非常に不安になった。

さらに著者は、
「当時はそういうことを言った人たちに対して殺意を抱いたものだが、四年ぶりに読み返してみると、たしかにこれはゴミだった」
などと述懐している。

不安はさらにいや増した。

著者によると、そこで文庫化にあたって大幅な改良をして読める程度の文章にしたらしい。
それゆえに私が手にした文庫版「6枚のとんかつ」はディレクターズ・カット版、最良版ということらしいのだ。

初版が出た時は、笠井潔が「たんなるゴミである」と酷評したという。

私は笠井潔も(今はもう読んでいないが)好きだったので驚いた。

しかし私が、この「6枚のとんかつ」全編を読んでみたら、そんな不安は一蹴された。

はっきり言って、私好みである。

確かに言うのもはばかるような下品な作品もあるにはあるのだが、ひょっとしたら私は下品なのが好きなのか。
笑えることならどこまでも許容できる寛容さが備わっているのか。
笠井潔がどのように誹謗しても、私のこの愛着は変らないのであった。

 

まず、この短さがいい。

文庫で、殆どどれもが10ページ前後だ。
私のようないらちにはちょうどいい長さだ。

ほとんどがアリバイ崩しで、犯罪を犯した人間は最初から割れていて、無駄な描写がひとつもない。
テンポが抜群で、話がどんどん進む。
とにかく10ページほどで完結してしまうので、爽快でさえある。

それでいて、アリバイはなかなか良く考えられている。伏線などもちゃんと張られている。
良いづくしではないか。どこがゴミなのだろう。

私が最も気に入ったフレーズを、書き出しておこう。

生きていくということは、恥を重ねることである。私は、かつてNHKの≪連想ゲーム≫で、キャプテンの水沢アキさんが"こけし"という答えに対して"電動"というヒントを出してしまったことをふと思い出した。

このフレーズに遭遇した時、私はこの作者を愛している、とさえ思ったのであった。

さて表題作「6枚のとんかつ」(バージョン違いで「5枚のとんかつ」というのもある)は、島田荘司の「占星術殺人事件」を下敷きにしていると作者自身が宣言している。
(よって、「6枚のとんかつ」は「占星術殺人事件」を読んでから読むのが望ましい)

それも、私の好みにぴったりと符合した。
「占星術殺人事件」は、日本の推理小説のうちで最も優れたものの一つだと思っているからだ。

作者は、この「占星術」に触発されて「6枚のとんかつ」(アンド「5枚のとんかつ」)を書いた。
このトリックは本家に負けず劣らず見事なもので、最早単にアホとかバカとかゴミとかで済まされないと私は思うのだが。

 

いずれにせよ、「占星術」を読んだ人は、是非一読をしていただきたいものだ。

えっ、やっぱり下品過ぎる…?
それとも(本物の)2枚のとんかつを買った方が…

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