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ピアニストを笑え! 山下洋輔
新潮文庫初版1980(2001年復刊)

04/2/18

 

この日本エッセイ史上に燦然と輝く名作を、日本書物界の通念を塗り替えてしまったこの名作を、そして私が何よりもこよなく愛する珠玉の心の故郷を、我が拙いHPの片隅に置くことが出来ることを何に替えても喜びたい。

この本こそは、私の第二の故郷、第二の人生の出発点、第二のアイデンティティーの確認であった(第一は何かと問われるとそれは何だか分からないが)。

ジャズピアニスト。なのにエッセイ。それはどういうことか。ジャズエッセイ。そんなのありか。でもあるのだ。
ジャズであり、エッセイである。
読めば、ジャズエッセイであることが、たちどころに理解できる。1ページ目の、1行目から。
ジャズなんて、今まで聞いたこともないのに。

そう、私はこの本を読むまで山下洋輔という名を知らなかった。ジャズを聞いたこともないのだ。彼がジャズピアニストであることを知らなくても当然だろう。
しかしそれでも、私の心のオアシスを求める鋭い嗅覚は、この未知の文筆家の才能を本屋の文庫の本棚から、熟練のダウジング使いのようにあっという間に探り当てていたのだ。

運命というか、宿命とでもいうしかない出会いであった。
なぜこんなにも上手にこの文筆家を探り当てたのか、今でも不思議に思うほどだ。
この本の、あまりにもいい加減な表紙の絵の故だろうか。
(湯村輝彦という、ちゃんとしたイラストレーターの絵だが)

であるから私にとって山下洋輔とは、文豪であり、文筆家であって、ピアニストとしての彼は、ごくたまに見るテレビでの姿しか知らない。

ただ今山下洋輔のことを文豪と称したが、私にとっては,彼は正しく夏目漱石以来の文豪なのだ。

「ピアニストを笑え!」1ページ、1行目から感じられる文章のリズム、歯切れのよさ、男性的な切れ味、文を読んでこれほど快感であったことは、私にとって漱石以来のことなのだった。
さすがジャズピアニスト、この歯切れのよさ、リズム感は音楽から来ているのだろう。私はそう確信した。

天才である。

文を読む愉悦。
この原点を体験させてくれる。

読書の快楽。
山下洋輔を読むことは、まさしく読書の快楽を味わうことである。

 

私が買ったのは、たしか初版ではないはずだが、その買った文庫がどこかへ行ってしまったために、復刊された写真のものを新しく買った。帯がついている以外は最初のと同じである。
タイトルの「ピアニストを笑え!」は、もちろんフランソワ・トリュフォーの映画「ピアニストを撃て!」のもじりであるが、もはや知らない人の方が多いだろう。
「ピアニストに手を出すな」というエッセイもあったが、こちらもフランス映画「現金(ゲンナマ)に手を出すな」のもじりである。

 

山下洋輔が好きなもう一つの理由は、彼の思想が、日本人にありがちな固定観念から自由であると言うことだ。
頭脳が極めて柔軟で、発想の幅が広い。狭い精神の持ち主ではなく、広い度量を持つ人なのだ。

この本ではないが、フランスのトイレについて書かれた一文があった。
フランスで公衆トイレに入った時、山下は、その男子トイレのボックスの微妙な部分に穴が開いていることに気づく。
彼は、そのことから、ここが男たちのデート場所であることを理解する。
その使い込まれた穴を凝視しながら、彼は、男たちがどのような思いで、ここでデートに至るのかと思い巡らす。

この、山下洋輔の、フランスのゲイたちへの優しい視線。決して侮蔑でなく、薄汚れた好奇心でもなく、そこには自分と同じ人間と人間の営みへの理解がある。
彼は、そういう人たちを軽蔑しない。自分を奢らない。上からものを見ない。自分も、彼らと同じ人間だから。

同じ視線で物を見る。
山下洋輔の偉大な点は、ここである。

もちろん、ピアニストとしても超一流である。


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