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虚無への供物
中井英夫 1964
講談社文庫(1974刊,540円,当時)

04/2/11

戦後の推理小説ベスト3に数えられる1200枚に及ぶ長編小説だが、作者中井英夫はアンチ・ミステリーと呼ぶ、ディレッタンティズムと詭弁に満ちた巨編…

これまでの全ての推理小説を葬り去る反推理小説…と本人は豪語している…と記憶する。

文庫本のおくつけには昭和49年(1974年)6月第二刷となっている。
価540円。

 

中井英夫は、幻想派、耽美派とも言われ、非現実的要素の強い作品を書いた。
そしてこの「虚無への供物」も非現実的な、幻想的な色彩も濃い。

密室殺人事件をモチーフにした本作は、謎解きや犯人当て、トリックの解明と、一般の密室殺人におなじみのモチーフを用いて、豊富なペダントリーを駆使して事件を解決に導きながら、殺人事件をゲームとしてしか扱わない登場人物、そして当の読者そのもの、に、冷水を浴びせ掛ける。

推理小説のパロディ…というには、終章での人間に対する不信感、人間の業への記述は痛切だ。
それでいて、社会派推理小説にはなっていない。

その終章、

考えてくれ、いまの時代で、気違い病院の鉄格子の、どちらが内か外か。何が悪で、何が人間らしい善といえるのか。

という、犯人の痛烈な叫びが、未だに忘れられない。

それは、私の心の中に、何かをもたらした。
世の中というもの、世間というもの、人間というもの、その姿、その真実。

 

洞爺丸事件で親族を亡くした犯人の、どのような殺人であっても、あれほどの罪はないではないかという、その叫びは、ゲームとしての推理小説、に対する痛烈な皮肉であり、その時、この作品は推理小説を飛び越えてしまった。
いや、作者中井英夫は、このことを言いたいがために「虚無への供物」を書いたのであって、推理小説を書きたいがために、書いたのではなかったのだ。

あの叫びによって、この本は、推理小説、密室殺人と言った狭い範疇を越えて、今も私の胸に残る。


現在も多分、講談社文庫で入手可能。但し定価はアップしているもよう。

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