Book Maniacs

  新参の新潮新書

バカの壁
養老孟司

2003年

新潮新書

04/3/26

 

私はベストセラー本は買わない、という主義によって長いこと、去年(2003年度)最も売れ、ベストセラーになったこの本を買わずにいた。
しかしこれは小説ではなく、新書である。
新書は私の守備範囲だ。私のテリトリーである。私の最も得意とする分野だ。
だから、ちょっと買ってみようと思って買った。

養老孟司という人の本をこれまで読んだことはない。だから"脳関係の物書き"らしいということを漠然と知っていたに過ぎない。
だが新書だからそんなに難しくはなかろう、というこれも漠然とした推測によって読み始めたのだが、やはり自分の守備範囲とは言っても、微妙に得意分野からは外れている。
私の場合、興味分野は完全に文系であって、数学、理科、物理、脳、などはその限りでない。
だから、読み始めても興味が進まず、つっかえつっかえで、読み終えるのに苦労した。

基本的に、言いたいことというのは、私にも分かる、人間間のコミュニケーション、ということであろう。それは分かるのだ。
だが、そこから話が脳とか、パルスとか、シナプスとか言われると途端に拒否反応が起き、読書が続行出来なくなる(それが、この本での肝要な部分なのだが)。
まるで、寒月君が物理の数式の説明をしようという時に、「何、それはよけいだから略すさ」と、迷亭君がちゃちゃをいれるようなものだ。

読んではやめ、読んでは止まり、では、内容がそれこそ脳にちゃんと把握されない。始めの方に、何が書いてあったかをすっぱり忘れ去っている。私の脳にもバカの壁があるようだ。
よくこんなむつかしい本を、沢山の日本人が買い求め、読み、理解したものだと日本人を賞賛したくなる。

 

私の考えでは、なぜこの本が売れたか。それは、ひとえにこの本のタイトルであろう、と思う。

決してとっつきの良い本ではないし、書いてあることが、(脳系のことを除けば)とくに突出してすごいことでもない。言わば誰にでも思い当たるような結論へ導く。
尤も、誰にでも思い当たりのあることを、初めて言葉にして世に問うからこそ、評論家としての価値があるのだ。

それはともかく、ベストセラーの理由は、書いてある内容というよりも、「バカの壁」。この斬新なタイトルにある。
一見とっぴで、笑いを誘うような、しかしそれゆえに、とびきりインパクトのあるタイトルである。
バカという、ゆるぎなく容赦のない語句に、壁という、これも硬さを想起させる名詞を持って来る取り合わせの妙。
このタイトルのつけ方が圧倒的に上手い。ネーミングが天才的である。
バカ、という言葉を片仮名で書いたところにも味がある。漢字や、ひらがなではこうはインパクトがなかっただろう。
というわけで、このタイトルを考えた人(著者か、編者?)に、座布団一枚を進呈したい。

 

本の内容のことを全然言っていないが…

この本の中で、もっとも重要と思える個所を引く。

…楽をしたくなると、どうしても出来るだけ脳の中の係数を固定化したくなる。aを固定してしまう。それは一元論の方が楽で、思考停止状況が一番気持ち良いから。

 

文の続きなので、固い文面になっているが、要するに、何も考えないで、誰かの言うことに従っているのがいちばん楽。だから、自分では何も考えない。
これがバカの壁を作る、と言っているのだ。

一元論というのは、宗教とか、原理主義のこと。絶対の真理がある、などと決めつけることは、それこそ、他の意見に耳を貸さないことだ。
だからオウムなどがバカの壁にはまったのだと。

確かに、楽ばかりしているとバカになる。私がいい例だ。

文明は、人に楽をさせるために発達して来た。人は楽をするためにさまざまな発明をして来た。
今、その恩恵にじゅうぶんに浴しているために、人はバカになった。

鈴木一郎選手は、いやだと思うこともあえてやるようにすれば、一流選手になれるんだよと言ったとか言わないとか。
やはり楽だけしていては抜きん出られない。苦労し、我慢する、これが人の基本だ。

 

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